[PR]‰œ‚©‚ð’T‚·‘O‚É–³—¿è‚¢:“–‚œ‚éI–³—¿è‚¢wœËߨÁ­±Ù‚̊فx

トップペヌゞ

マネゞメント

パ゜コン・英語

進孊 ・資栌

仕事 ・生掻

技胜・

埒然草のペヌゞ


埒然草のぺヌゞコヌナヌ

 ぀れづれなるたたに、日くらし、硯にむかひお、心にう぀りゆくよしなしごずを、そこはかずなく曞き぀くれば、あやしうこそものぐるほしけれ埒然草。ゆく河の流れは絶えずしお、しかも、もずの氎にあらず。よどみに浮かぶうたかたは、か぀消え、か぀結びお、久しくずどたりたる䟋なし。䞖の䞭にある、人ず栖ず、たたかくのごずし方䞈蚘。

埒然草のペヌゞ

楜倩垂堎

ビッダヌズ

ダフヌ

ミックス

ミックス

アマゟン








空癜


埒然草のペヌゞ

平成幎月日

 埅望の倏䌑み

 人間の偎から自然の倉化や環境の倉化を起こすのはきわめお難しい。逆に、環境の倉化にうたく適応できなければやがお消滅するのはやむをえない。

アゞアの倉化を䞭心に、䞖界が倉わり日本も倉わっおきた。このような倉化に合わせおいくのが賢明な生き方であろう。そのためにはたず、いた、たずえ、どんな状況にあるにせよ、珟状をすべお肯定するこずから始めなければならない。自分を生掻のなかに眮いお芋぀め、たず珟状を党面的に肯定しおみるずいう、知足が倧切のようである。どんな状況にあるにせよ、たった今の気分を党面的に自䞻的に自分が望んだものずしお認める、方䟿でよいずいう。珟状を完党に肯定するこずで、䜕床でも今に生たれ倉わるこずができる。䞀日䞀日は独立しおいお、䞀瞬䞀瞬はひず぀の流れずしお繋がりはないのだから、ずりあえず今ずいう足堎にしっかりず立぀しかない。そのうえで、これからの方向を決めお、いた、ここ、に力を尜くすのがよさそうである。

平成幎月日

“犅語遊心”幎月 筑摩曞房刊 玄䟑 宗久著は、䞖間の垞識に無邪気で向き合い、もっず自由に心を解き攟ち、季節に寄り添い自然ず芪和する犅的生掻の実践を勧める。

 幎新た 䞀月は、束暹千幎の翠、無功埳、春立぀ 二月は、春は梅梢に圚りお雪を垯びお寒し、八颚吹けども動ぜず、䞉月は、桃花春颚に笑む、和氣高堂に満぀、四月は、山花開いお錊に䌌たり、萜花流氎倪だ茫茫、倏来り 五月は、薫颚南より来たる、喫茶去、六月は、竹蜜にしお流氎の過ぐるを劚げず、竹 君が為に葉々枅颚を起こす、䞃月は、山静かなるこず倪叀の劂し、行きおは到る氎の窮たる凊、坐しおは看る雲の起こる時、秋を蚪う 八月は、癜衣芳音さた、卒塔婆小町、九月は、千江氎有り千江の月、䞇里雲無し䞇里の倩、無事是貎人、十月は、門を開けば萜葉倚し、止啌黄葉、冬籠もる 十䞀月は、静寂、吟が心、秋月の碧札に枅うしお皎朔たるに䌌たり、十二月は、無 隻手空挙・千倉䞇化、無犅の犅、是れ正犅ず名づく。

 九月の“無事是貎人”は、自分の倖に䜕かを求めるこずをやめ、造䜜せず、平垞であるこずが“無事”だずいう。われわれにはすでに必芁なものは党お具わっおおり“知足”が倧切で、䟡倀刀断や歎史認識などの刀断を留保し぀぀、自然に起こっおきたこずをただ鏡のように感じながら、意識を党お“今ここ”の私の身䜓状況に集䞭させお瞑想する。思考や刀断するこずで残像を曇らせず、ただそのたたを受け止める。平垞であるのが最も貎ぶべき人間のあり方である。そうかもしれない。

月日

 “ポむント方匏賃金制床導入・運甚マニュアル”幎月 日本法什刊 癜朚 勉著は、賃金は、これたでの積み䞊げ方匏から配分をがらりず倉えお、䌁業業瞟に基づく適正な原資を掗い替え方匏で配分せよずいう。これにより、䌁業に払えるお金があるずきは、ポむントによっお配分するこずになる。䌁業業瞟がマむナスの堎合には蚀及しおいないが、マむナス・ポむントにするのであろうか。

珟圚では、ベヌスアップや定期昇絊の廃止、賃金カットなどは珍しいこずではなくなっおいる。䌁業にずっおは、人件費の䞍甚意な膚匵を防ぎ必芁に応じお削枛するこずが求められる時代になり、これたでの積み䞊げ方匏では人件費の管理が困難になっおいる。今埌、景気が回埩しおもこの考え方は維持されおいく可胜性が高い。これからは、配分をがらりず倉えお、基本絊、賞䞎、退職金に぀いおは、䌁業業瞟に基づく適正な原資を掗い替え方匏で配分せよずいう。法定手圓に぀いおはそのたた維持されるが、その他の諞手圓に぀いおは、思い切っお敎理しお、その原資を基本絊の原資に組み蟌むように勧めおいる。配分の元になるのはポむントである。ポむントは、職胜考課ず業瞟考課によっお決定する。業瞟考課だけだずドラスティックになるのを避けるように、緩衝材ずしお職胜考課がある分、これたでの制床ずの぀ながりも考慮しおいる。職胜考課は等玚皋床蚭けお、各等玚ごずに業瞟評䟡を皋床で行い、通りのポむントテヌブルを䜜っお、毎幎の支払い可胜原資を、埓業員のポむント総数で割っおポむントあたりの賃金額を蚈算しお、これを各自のポむントに掛け算しお配分する。

Ⅰポむント方匏賃金蚭蚈の考え方ずすすめ方

賃金制床改革の必芁性‥‥

ポむント方匏基本絊蚭蚈の考え方ずすすめ方

ポむント方匏賞䞎蚭蚈の考え方ずすすめ方

ポむント方匏退職金蚭蚈の考え方ずすすめ方

Ⅱトヌタル人事制床敎備の考え方ずすすめ方

トヌタル人事制床の党䜓像

トヌタル人事制床蚭蚈のすすめ方

人事基本理念ず重点課題の蚭定

職胜資栌制床蚭蚈の考え方ずすすめ方

人事考課制床蚭蚈の考え方ずすすめ方

月日

 ”環境経枈・政策孊の基瀎知識”幎月 有斐閣刊 環境経枈・政策孊䌚線 䜐和隆光監修は、環境を敎備し人間らしい生き方を経枈・政策がどう支揎し方向付けるかに぀いおのさたざたな抂念を再考し知識の敎理をするに栌奜の曞である。

 環境孊の原点であるか぀おの公害問題の珟実的な察凊から䞀、二歩進んで、これからの人間らしい生き方を支揎する環境の敎備のあり方がいた䞀番倧きな問題ではないか。人々の䟡倀芳やラむフスタむルが倉化するずずもに、か぀おの倧量生産・倧量消費・倧量廃棄の瀟䌚システムは終わりを告げた。効率ばかり远求する時代から、持続可胜な発展をめざす時代ぞの転換である。長匕いた䞍況は䞀服し぀぀あり、これからは少子・高霢化瀟䌚の問題ぞの有効な察策が迫られよう。この問題の根に暪たわっおいるのは、人間らしく快適に暮らせる自然環境、瀟䌚環境などの敎備ではないか。環境問題ぞの有効な手だおなしに、少子・高霢化問題の解決もないのではないかずいう気がする。環境問題がなぜ生じるのか、䜕がその解決を困難にしおいるのか、そしお適切な政策の導入や瀟䌚経枈システムの改革が珟実のものずなるための条件は䜕か。本曞はこれらの具䜓的な問題点の所圚を明らかにしおいる。特に興味を持ったのは、アメニティ、郜垂再生、有機蟲業、グリヌンツヌリズムなどである。これらに぀いおの意識が、珟状のマむノリティからいかにしおマゞョリティを圢成できるかが問われおいるず思う。

第章 環境問題の諞盞

第章 環境問題ぞのアプロヌチ

第章 環境ず囜債経枈システム

第章 環境の指暙ず評䟡

第章 環境政策

第章 埪環型瀟䌚ず環境技術

第章 環境ず資源・゚ネルギヌ

第章 環境マネゞメント

第章 環境ガバナンス

月日

 出生数がカ月連続䞊昇

 厚生劎働省の発衚した人口動態統蚈速報では、今幎月の出生数は92,047人で昚幎より2,632人倚く、幎以来幎ぶりでカ月連続しお前幎同月を䞊回ったそうである。今幎月の出生数の総蚈は549,255人で、前幎同期より11,618人2.2増えたずのこず。これたでの出生率の䜎䞋には、晩婚化、非婚化が倧きな原因ずされおいるが、結婚数も前幎同月を䞊回る傟向が続いおいるようである。うれしいニュヌスであるが、これが人口増加に぀ながるかは埮劙なようである。人口の増加は出生数ず死亡数の差であるため、出生率が死亡率を䞊回るか、死亡数が枛少するかしなければならない。過去の䟋をみるず、平成幎の統蚈で、出生数は1,203,149人で、前幎の1,191,665人より11,484人増加したが、死亡数も936,480人で前幎の913,402人より23,078人増加し、結果ずしお自然増加数は11,594人枛少しおいる。この自然増加数の枛少が䜕幎か続くず、党䜓の人口の枛少に぀ながるこずになる。したがっお、少子化察策で産めよ増やせよ、ずずもに、死亡数を枛らすこずも重芁である。人口を増加させるには、たず、倚くの人が䜏みやすい、いい環境・瀟䌚ず思えるこずが重芁ではないか。いたは混乱期から安定期ぞの過枡期であろう。䞀郚を陀いお倚くの人が考えるのは、たっずうに働く人が報われる瀟䌚ではないか。

平成幎月日

 奥の现道の旅

 束尟芭蕉の”奥の现道”の䞭の、最䞊川、酒田、鶎岡、矜黒山、山寺、山圢を旅した。

 月日は癟代の過客にしお、行かふ幎も又旅人也。舟の䞊に生涯をうかべ、銬の口ずらえお老をむかふる物は、日々旅にしお旅を栖ずす。叀人も倚く旅に死せるあり。予もいづれの幎よりか、片雲の颚にさそはれお、挂泊の思ひやたず、海浜にさすらぞ、去幎の秋江䞊の砎屋に蜘の叀巣をはらひお、やゝ幎も暮、春立る霞の空に癜川の関こえんず、そゞろ神の物に぀きお心をくるはせ、道祖神のたねきにあひお、取もの手に぀かず。もゝ匕の砎を぀ゞり、笠の緒付かえお、䞉里に灞すゆるより、束島の月先心にかゝりお、䜏る方は人に譲り、杉颚が別墅に移るに、

 草の戞も䜏替る代ぞひなの家

 矜黒山では、幎に䞀床ずいう山䌏の行列に出䌚った。ずおも感銘深かったのは、芭蕉が愛したずいう山寺であった。

 山圢領に立石寺ず云山寺あり。慈芚倧垫の開基にしお、殊枅閑の地也。䞀芋すべきよし、人々のすゝむるに䟝お、尟花沢よりず぀お返し、其間䞃里ばかり也。日いただ暮ず。梺の坊に宿かり眮お、山䞊の堂にのがる。岩に巌を重お山ずし、束栢幎旧土石老お苔滑に、岩䞊の院々扉を閉お物の音きこえず。岞をめぐり岩を這お仏閣を拝し、䜳景寂寞ずしお心すみ行のみおがゆ。

 閑さや岩にしみ入蝉の声

月日

ラむブドア裁刀始たる

悲喜こもごも、いろいろな出来事がある䞭で、粉食決算を行ったずされたラむブドアの裁刀が始たった。か぀お高倀を付けおいた株䟡は、いたは䞊堎廃止ずなっおいる。裁刀の争点は、粉食決算の手口に䜿われた投資事業組合はラむブドアのダミヌ䌚瀟か、堀江前瀟長の粉食決算などぞの認識はどうだったか、関連䌚瀟ラむブドアマヌケティングの䌁業買収に関する発衚は虚停だったか、である。ラむブドア瀟内では、堀江氏は過去の人ず冷めた声が聞かれる䞀方で、埩垰を望む堀江埅望論も䞀郚に残る、ずいう。有眪か無眪かは結果が出おみないずわからないが、堀江氏の功眪は、起業ず改革で若い人に垌望を持たせたこずず、拝金䞻矩でモラルの䜎䞋をたねいたこず、であろうか。短期的な芖点ではそれなりの功をなしたが、長期的な芖点では䞖の䞭をゆがめおしたったのではないか。この眪の郚分がいた問われおいるのであろう。ゆく河の流れは絶えずしお、しかも、もずの氎にあらず、いずれにせよ、時が経おばやがおすべお明らかになるのは䞖の垞である。

月日

 ”゚コロゞヌの歎史”幎月 緑颚出版刊 Patrick Matagne著門脇 仁蚳は、゚コロゞヌの起源、確立者、理論などを抂芳するのによい本である。

 ゚コロゞヌずは地球環境に぀いお考えるこずで、人間も含めた動物ず怍物の生物の生掻や行動、環境ずの盞互䜜甚などに぀いお研究する孊問である。人類が゚コロゞヌの時代に入ったのは、幎月日である、ずいう。初めお実隓で原子爆匟が爆発した日である。人類史䞊初めお、栞爆発が取り返しの぀かない倧気汚染を生じ、人間の生存を脅かすほどの地球環境の砎壊が起こった。生態孊的な考え方は叀代から存圚しおいたが、甚語ずしお゚コロゞヌを初めお䜿ったのは、ドむツのヘッケルであった。幎に、ギリシャ語で家を意味する”オむコス”ず、孊問を意味する”ロゎス”を合わせお”゚コロゞヌ”ずいう造語を䜜った。これを科孊にしたのはデンマヌクのノァヌミングであった。幎にコペンハヌゲンで『怍物の生態孊』が出版された。以来、さたざたな方向で゚コロゞヌの科孊が進展しおきた。

 いた、䞖界の人口は億人になりこれからも増え続けそうであり、未来の人類は資源䞍足に悩たされる可胜性がきわめお高い。資源は有限で可胜な限り氞続性を確保するには、あらゆるものを資源ずしお埪環し、さたざたなかたちで繰り返し利甚するずずもに、廃棄するものを最小限ずしなければならない。心配しおも始たらないようであるし、人の力は埮々たるものであるが、倚くの人が力を合わせれば倚少なりずもよい方向に向かえそうな気もする。

第章 生態孊的な考え

第章 生態孊的な動きの起源

第章 自然の摂理

第章 科孊的゚コロゞヌの確立者たち

第章 博物孊者ず生態孊

第章 甚語ずしおの゚コロゞヌ

第章 人口孊ず生態孊

第章 進化論ず生態孊

第章 ヒュヌマン・゚コロゞヌ

第10章 蟲孊、怍物の栄逊摂取、生態孊

第11章 海掋生態孊

第12章 土壌孊ず地球科孊ヌ地球芏暡の生態孊ぞ

第13章 ペヌロッパの生態孊

第14章 北米倧陞の生態孊

第15章 生態孊におえる有機䜓論

第16章 ゚コシステム理論

第17章 物質ず゚ネルギヌの流れ

第18章 共甚防陀、生態系管理、生態孊戊争

第19章 熱垯生態孊掟

第20章 持続可胜な開発

第21章 ゚コロゞヌの瀟䌚的ニヌズ

第22章 生態孊の探究は続く

月日

 ”むンド経枈の実力”幎月 日本経枈新聞瀟刊 門倉 貎史著は、やがお始たりそうな”むンドの時代”の黎明期にあっお、最埌の超倧囜であるむンドの実力をわかりやすく図解しおいる。

 人口億人のむンドを知る䞊で欠かせないの項目に぀いお、経枈、産業、政治、マヌケット、長期展望に分けお、グラフやデヌタを甚いお分かりやすく解説しおいる。ここ数幎むンド経枈は絶奜調で、囜内需芁がきわめお旺盛である。幎床は経枈成長率、幎はの芋通しである。むンドぞの倖囜䌁業の進出が加速し、倖資導入をテコにした高成長が続きそうである。むンド人は英語力ず数孊力に優れ、成長する産業を支えるバックボヌンになっおいる。泚目されるのは、゜フトりェア、アニメ、携垯電話、宇宙開発などの産業である。いたでも産児制限をしおいないため、今埌も劎働力人口が速いテンポで増加しそうで、これが朜圚成長力を支える原動力になる。産児制限をしおいる䞭囜には、幎ころには远い぀き远い越すずしおいる。そしお、日本には、幎ころには远い぀き远い越すずしおいる。䞖玀はむンドの䞖玀の可胜性が高そうである。ヒカリずカゲの郚分は、財閥ずカヌスト制床である。財閥には、タタ財閥、ビルラ財閥、リラむアンス財閥、マヒンドラ財閥、タパヌル財閥、ヒヌロヌ財閥、バゞャヌゞ財閥、キルロスカ財閥、゚ッサヌル財閥がある。これから財閥もカヌスト制床も、倧きな倉容は免れないかもしれない。

月日

 ”チベット歎史玀行”幎月 河出曞房新瀟刊 石濱 裕矎子著は、チベットの叀代王囜から珟代にいたる栄光ず悲劇の歎史を、倚くの写真や図解で理解できる内容である。

 チベットは、仏教に興味を持぀ず必ず察面するテヌマである。1900幎に、僧、川口慧海がはじめおチベットを蚪れたずいう。むンドで生たれた仏教は、パヌリ語を䞭心ずする南䌝系、挢文を䞭心ずする東アゞア系、チベット語を䞭心ずするチベット系の぀の倧きな流れになった。同じ仏教ず蚀っおもそれぞれ倧きく性栌が異なり、ずおも぀の宗教ず蚀えないほど盞違が倧きいそうである。チベット仏教は芳音菩薩ぞの信仰が匷く、宗掟には、ニンマ掟、サキャ掟、カギュ掟、ゲルク掟があり、ゲルク掟は厳しい戒埋をもち、生涯独身を貫くずいう。チベットには䞖玀に王朝が存圚し、゜ンツェン・ガンポがラサに進出しお統䞀政暩を暹立したずいう。その埌、軍事的に匷力になり、䞀時は、長安に䟵入し䞭倮アゞアにも進出した匷囜であった。䞖玀頃、ツォンカパずいう僧がゲルク掟を開き、䞖玀、韃靌郚を率いるアルタン・ハンの頃からモンゎリアにも普及した。この圱響で、モンゎルには寺院が倚数建蚭された。そしお、1578幎に、アルタン・ハンがゲルク掟の第䞀の化身僧にダラむ・ラマの称号を䞎え、䞖玀半ば以降はダラむ・ラマがチベット政暩の最高暩嚁者ずなった。1617幎にダラむ・ラマ䞖が即䜍し、1642幎にゲルク掟が他掟を砎っお䞭倮チベットを制圧しお、1696幎にポタラ宮が完成した。ダラむ・ラマは、僧であるず同時に王であった。しかし、か぀おのチベットの斜䞻囜が次々ず共産化し、貧匱なチベット経枈はすぐに砎綻し、1951幎に䞭華人民共和囜軍が䟵入するず、いずも簡単に囜を奪われおしたった。珟圚は䞭華人民共和囜の領土であり、チベットず䞭囜政府ずの間には、チベット動乱の勃発、ダラむ・ラマ14䞖の亡呜、チベット難民の発生など、いろいろな緊匵関係がある。ダラむ・ラマ14䞖は、仏教囜家ずしおの品䜍を保ち぀぀、非暎力の姿勢を貫き、”敵の存圚があるからこそ、自らの䞭に怒りを玍める力、盞手を憐れむ心等を育むこずができる。敵に感謝しなければならない”説いたずいう。これからのチベットの行方が気になる。

平成幎月日

 ”写真で歩く䞖界の町䞊み”幎月 圩流瀟刊 高士 宗明著は、むタリア、フランス、スペむン、ポルトガル、ドむツ、オヌストリア、スむス、ルクセンブルグ、ベルギヌ、むギリス、ポヌランド、チェコ、ハンガリヌ、ギリシャ、゚ゞプト、チュニゞア、モロッコ、メキシコ、グアテマラ、キュヌバ、ペルヌ、チリ、アルれンチン、りルグアむ、トルコ、ネパヌル、䞭囜、日本の䞭から遞りすぐった町䞊みを玹介しおいる。

 著者は䞉重県四日垂の開業医。才で定幎を宣蚀しお、玀行䜜家、町䞊み研究を行っおきた。”メキシコ玀行”、”グラナダぐうたら日蚘”、”ずっおおきのスペむン”などの著曞がある。この本では、スペむンをベヌスにしお郜垂のの町䞊みを玹介しおいる。いずれも、そこに䜏む人々が築き、守り、受け継いできた歎史や文化の銙りがあり、いたでも人々の暮らしが息づいおいる様子がよくわかる。管理人もいろいろな囜を旅したこずがあるが、こういう芖点で写真をずっおこなかった。幎以降玄幎の蓄積だずいう。スペむンのトレドのように、䞭䞖の矎しい町䞊みをたるごず保存しおいるずころがある䞀方で、北京の胡同のように、オリンピックの準備などの新芏事業があるず叀き良きものの倚くは取り壊されおなくなっおしたうずころもある。日本でも、奈良や京郜などの歎史ず䌝統の町を陀き、同様の運呜をたどった町䞊みが倚いのではないか。幎䜏宅を建おおきたペヌロッパず、せいぜい幎䜏宅の日本では、町䞊みに察する䟡倀芳が倧きく異なるのかもしれない。たしかに、砎壊ず建蚭は経枈成長の䞭栞なのかもしれないが、叀き良きものは、いったん壊すずもう䜜るこずは出来ないので、䜕を残すべきかもっずよく考える必芁があるのではないか。

月日

“利益が䞊がる! の経枈孊”幎月 集英瀟むンタヌナショナル刊 跡田 盎柄著は、収益をあげおこそは日本に定着するずいう。

は狭い意味の単なる無償のボランティア掻動ではなく、慈善のチャリティ掻動ずも異なる。米囜ではの掻動は息が長く、メトロポリタン矎術通、ハヌバヌド倧孊など、が運営する有名組織も倚い。日本でも小さな政府ず民䞻導改革から、政府予算を削枛し、あずは民間掻力に任せるずいう方針が実行され、政府からも民間からも手が差し䌞べられない分野が生たれた。はこの分野を補う圹割が期埅されおおり、は資本䞻矩経枈の最滑油である。もずもずボランティアは“正圓な察䟡を十分埗ないで掻動するこず”である。したがっお、有償のボランティアもありうるのである。盞手に察しお、氎準よりも安くサヌビスを提䟛するこずでもよい。志はボランティアで良いが、その掻動を支えるのは掻動資金である。の資金源は、営業収支、寄付金、補助金・助成金の぀である。補助金・助成金は、可胜なものはなるべく利甚した方がよい。しかし、はじめに補助金・助成金ありき、であっおは掻動の継続は困難である。重芁なのは、営業収支、寄付金であろう。寄付金に぀いおは、日本は過去、節志家があたり育たず、寄付ずいう抂念になじみが薄かったので、珟状ではあたり倚くを期埅できない。これから、寄付垂堎を創り出す必芁がある。やはりポむントになるは、営業収支なのである。利益をあげおこそのである。利益を目的ずする民間䌁業ず異なるのは、“民間䌁業よりも安䟡でミッションに埓ったサヌビスを提䟛するこず”である。そこで、ニッチ垂堎を狙っおビゞネスモデルを確立するこずが重芁なのである。

月日

 䞭囜の倖貚準備高が䞖界に

 䞖玀は欧米ず日本の䞖玀であったが、䞖玀はアゞアの䞖玀になる可胜性が高いようである。特に、たず䞭囜、そしおむンドが泚目される。䞭でも䞭囜はBRIC諞囜の䞭でも飛びぬけお高い経枈成長率を瀺しおおり、今埌幎間では䞖界で最も経枈発展する囜だず蚀われおいる。高床経枈成長の牜匕圹は、安䟡な劎働力に支えられた茞出産業である。䞭囜の今幎のは15兆元1元=15円で225兆円に達し、経枈成長率は9.4(10を超えるずいう予想もある)になり、総合囜力が新たな段階に進むず考えられおいる。その成果は倖貚準備高に珟れおいる。䞭囜人民銀行が公衚したデヌタでは、今幎月末たでに、囜家倖貚準備残高は9879.28億米ドルずなり、前幎同期より28.46増えた。日本の月の倖貚準備高は8719.4億米ドルである。䞭囜倖貚準備高は1999幎初めから、月毎に䞊昇しおいる。今幎の月から、䞭囜は既に䞖界最倧の倖貚準備囜になった、ずいう。そしお、今の拡倧ペヌスが続くず月末にも1兆ドルを超える可胜性があるようである。新しい時代に入ったこずを実感する。

月日

 ”超アメリカ敎理日誌”幎月 ダむダモンド瀟刊 野口悠玀雄著は、「週刊ダむダモンド」に隔週連茉しおいる「超」敎理日誌シリヌズからの第䜜目である。

幎間のスタンフォヌド倧孊の客員教授ずしおのアメリカ滞圚蚘である。スタンフォヌド倧孊の留孊生数は、䞭囜人がトップで韓囜人が䜍である。か぀お日本人が䜍であったが、ここ幎で逆転されおいる、ずいう。西海岞での客員教授生掻の準備ずいう身の回りでの米囜のしきたり、しくみの逞話から始たる。日本を離れお違う文化に接するず、日本の長所ず欠点がよく芋える。もちろん、アメリカにも良いずころず悪いずころはある。それを勘案した䞊で、政治、経枈、文化、瀟䌚などさたざたなゞャンルに぀いお、アメリカの珟状を日本の過去ず珟状を振り返っおいる。特に、政治経枈孊的な芖点でアメリカず日本のシステムの差異を分析しおいるずころは、なるほどず思える点が倚い。日本の囜際競争力の䜎䞋、高コスト構造が是正されないこず、幎金制床など瀟䌚システムが最倧の問題なのに、根本的な解決をしようずせず、その堎その堎の察応に終始しおいるこずなど、囜民を幞犏にできない日本の政治経枈システムに論究しおいる。そしお、カリフォルニアにはすばらしい自然ず道路ずむンタヌネットに代衚される文明があるが、文化はない。他方で、日本には文化はあるが自然環境は最悪だ、ずいう。それぞれのシステムには䞀長䞀短があるが、これから長所を䌞ばすか短所を枛らすか考えさせられる。

第䞀章囜境を越える

第二章䜕をやるにもむンタヌネット

第䞉章どこに行くにもクルマ

第四章シリコンバレヌの倢は終わらず

第五章䜏宅はバブル

第六章アメリカ医療の光ず圱

第䞃章政治こそ重芁

第八章モノ䜜りに匷く゜フトに匱い日本

第九章日本の物䟡は高すぎる

第十章留孊生事情で占う日本韓囜・䞭囜

第十䞀章日本人ずアメリカ人の囜際感芚

第十䞀章改めお比范日本ずアメリカ

平成幎月日

 ”みどりの䞭の犅道堎”幎月 春朮瀟刊 野田倧燈著は、シンプルナチュラルな修行を勧める。

著者の野田倧燈垫は、昭和幎生たれ。四囜高束垂所圚の「喝砎犅道堎」を䞻宰されおいる。かっぱ道堎は昭和幎月に発足した。海抜の山䞭にたた個の醀油暜を改造した䜏居からの出発だったそうである。圓初は銙川県高束垂の街頭に座犅しお呌び掛け、倧型バスを改造した坐犅堂の坐犅ず、蟲耕や原野の開墟を䞻にした研修を䞭心ずされた。犅道堎に行っおみようず思ったら、宗掟にも関係なく、男女も幎霢にもキャリアにも関係なく、䞀日だけでも䞀生でも、犅道堎はい぀でもあなたを受け入れるこずができる、ずいう。よろこんで䞎える人間ずなろう、いのちを倧切にする人間ずなろう、心静かに考える人間ずなろう、䜿呜に生きる人間ずなろう、芏埋ある幞せを喜ぶ人間ずなろうが喝砎五蚓である。そのための、座犅、写経、読経、兞座、赎粥飯法、茶道、スポヌツチャンバラ、自絊自足の、犅道堎の日が分かりやすい蚀葉で曞かれおいる。そしお、気が付けば喝砎道堎幎、出家名、道堎を蚪れた人は千数癟人ずのこず。こころの砂挠の時代の䞭にあっお、倚くの人がいかにこころの拠り所を求めおいるかがこの数字に珟れおいるず思う。

月日

 ”フラット化する䞖界”幎月 日本経枈新聞瀟刊 Thomas L. friedman著䌏芋䌏蕃蚳は、日本経枈が停滞しおいる間に倧きく倉わった䞖界の仕組みに぀いお、特に䜕がどう倉わったかが解説されおいる。

 䞖界の䞀番倧きな倉化はフラット化である。氎平な接続・共同䜜業システムのモデルに移行し、壁ず屋根ず床が同時に吹っ飛ばされるず、倚数の重倧な倉化が䞀床に起きお、個人、コミナニティ、䌁業に倧きなむンパクトをもたらす。われわれがこれたで慣れおいた数倚くの圹割、颚習、政治的垰属意識、統制手段はいずれ、フラットな時代向けに倧きく調敎されなければならない。その原因は幎頃に始たった倧芏暡な䞉重の集束にある。第䞀の集束は、゜フトりェアずハヌドりェアを集束させ、スキャン、電子メヌル、ファックス、コピヌずいった䜜業をすべお䞀台でこなすマシヌンを䜜りあげたこずである。これらを最倧限に利甚するために、ビゞネスず個人が新しい慣わしやスキルやプロセスに順応しおいった。バリュヌを創出するのに、垂盎ではなく氎平の手段を䜿うように、倧きく移り倉わった。第二の集束は、ビゞネス向けのこの新競技堎ずビゞネスの新手法が組み合わされたこずで、それによっお䞖界のフラット化が䞀段ず進んだこずである。さらに、こうしたフラット化が進むに぀れ、䞭囜やむンドや旧゜連から、数十億人が競技堎ぞ殺到しおきた。第䞉の集束は、フラット化した新䞖界ず新匏のツヌルのおかげで、そういった人々の䞀郚は瞬時にしお、われわれの子䟛たちず、いただか぀おないほど盎接的に、安䟡に、そしお匷力に、プラグプレむし、競合し、぀ながり、共同䜜業するこずができるようになったこずである。この䞉぀の集束をもたらした芁因には、次のようなものがある。

・ベルリンの璧が厩壊しお創造性の新時代が始たった

・むンタヌネットが普及しお接続の新時代が始たった

・新しい゜フトりェアで共同䜜業が可胜になった

・アップロヌディングでコミュニティの力が利甚された

・アりト゜ヌシングで時代にむンドが目芚めた

・オフショアリングで䞭囜がに加盟した

・サプラむチェヌンで匷いりォルマヌトが生たれた

・むン゜ヌシングでの新しいビゞネスが生たれた

・むンフォヌミングで知りたいこずはグヌグルに聞くこずになった

・ステロむドで新テクノロゞヌがさらに加速するであろう

 これからの日本は、この新時代に察応しおいかなければならないであろう。

月日

 ”蟲産物マヌケティング”幎月 家の光協䌚刊 藀柀 研二著は、環境が倧きく倉化しおいる蟲業に぀いお、蟲ず食の新しい関係䜜りを提案しおいる。

 蟲産物の茞入自由化や芏制緩和が進む䞀方、消費者の食生掻も倉化しおいる䞭で、蟲の産地間の競争が激しくなり、蟲をずりたく状況は倧きく倉化しおいる。蟲は、いたたさに構造改革のたっただ䞭にある。背景には、察倖関係ず蟲業政策の倧転換ず人口枛少や高霢化などがある。蟲の珟状は、先の芋えない闇倜に芋知らぬ土地を歩いおいるようなものである。珟圚の蟲は、お客様が、そしおその食䞊早が芋えないたた、これたでず同じものを、同じように䜜り、出荷しおいるずいう意味で、たさに閣倜に鉄砲の状態にあるずいっおよい。食のマヌケットで唯䞀成長しおいるのは䞭食垂堎である。モノあたり時代は、売らなければ売れない。そこで、マヌケティングの基瀎知識ず実践が必芁になる。マヌケティングの導入は、埓来の生産者起点の考え方を180床倉えるずいう意味では、蟲業再生に向けた構造改革にほかならない。芖点をお客様サむドに移したずき、蟲に新しいステヌゞ、そしお可胜性が開けるこずになろう。

・「安党・安心」に培底的にこだわる

・「鮮床」にこだわる

・「地産地消」にこだわる

・「連携」する

・「埩掻」する

・「地域」を売る

・「想い」を売る

・「限定」する

月日

 ”経枈がみるみるわかる本”幎月 研究所刊 アゞアワヌルド協䌚線著は、これからの経枈の様盞を展望しおいる。

 ずは、ブラゞル、ロシア、むンド、䞭囜である。は南アフリカを指すずいう芋解もある。昔、むンドは南アゞアの雄であり、䞭囜は五千幎の歎史ずいわれるように䞭華の䞻であった。ペヌロッパでは海運カを保持したポルトガル、スペむン、英囜などが囜土は広くなくおも、その情報ず亀易カで䞖界を制芇した時代があった。䞖玀から䞖玀前半の軍事力の時代には、゜連ず米囜が雄を競い、䞖界を二分しおいたこずがある。ゎヌルドマンサックスは、幎にはその経枈力においお、䞭囜は米囜ず䞊び、の他の囜むンド、ロシア、ブラゞルは䞖界ベストテンに仲間入りをしおいるだろうず、倧胆に予枬をしたずいう。ありうる話であるが、本圓にそうであろうか。たしかにその可胜性は十分にあるず思われる。しかし、高床成長は氞続するものではなくやがお成熟化しおくる。䜎成長になればいたの先進囜ず倉わらなくなる。いたの高床成長をあず䜕幎継続できるかで結果が出おくるであろう。ポむントは、その囜の朜圚力ず囜民の熱意が継続できるかではないか。幎がどうなっおいるか、ずおも楜しみである。

平成幎月日

 ”犅癟題”幎 春秋瀟刊 鈎朚 倧拙著は、平易な文章で曞かれた随感随録の曞である。これたで鈎朚倧拙氏の著䜜を読んだこずがなかったが、ずおも読みやすい。

 鈎朚倧拙氏は明治幎石川県金沢垂本倚町に生たれ、石川県専門孊校時代に西田幟倚郎氏ず出䌚い、生涯の友ずなったずいう。䞭途退孊し䞀時英語教垫ずなるが、䞊京しお東京専門孊校、東京垝囜倧孊に孊び、本栌的に坐犅に取り組み始めたずのこず。明治幎に枡米し、足掛け12幎間を過ごす。垰囜埌、孊習院教授、倧谷倧孊教授などを歎任。日本ず欧米を行き来し぀぀、仏教の研究ず普及に粟力を泚いだ。

 この䞖になぜ戊争が絶えないのかずいうず、人間は闘争がないず生きおゆけぬように出来おいるからであるずいう。実際、闘争そのものが生であり、生そのものが闘争である。それ故、生のあるずころには必ず闘争があるのである。「這箇しゃこ」ずは、「前の」「この」「次の」ずいうずきの「この」である。具䜓的には「民」を指すようである。民は居るずころが違うず、なかなかに盞互の理解が぀かぬものである、ずいう。同じ平面䞊の人でも、空間をいく぀かに分割しお、その䞀郚分䞀郚分に立぀ず、どうも喧嘩が出来おしようがない。しかも人間は二人になるず、同時に同じ空間を填充しおいられないので、闘争は人間界の぀きものだ、ずいう。そうかもしれない。぀たり人間は修矅だ。空間的存圚ずしお、空間的論理の領域を出られないかぎり、人間はお互いを食べ合っお食べ尜くすよりほかない運呜をもっおいる、ずいう。ではどうすればよいのか。時間でも空間でも、䜕かの工合で、その間に䜕かの差異を生ずるこずがあるず、盞互の了解が䞍可胜にもなろう。が、たた䜕かの工合でお互いに競い合うこずがなくなるかもしれぬ。我も人も、圌も歀も、山河倧地も、花玅柳緑をもみな容れお、しかも自分はその䞭に収められぬ自䞻自由の絶察の䞀句子がないずいけない、ずいう。壊しお壊せざる底の這箇に、䞀たび撞着しなければならぬ。ここから盞いれないものをいれお、なお䜙りあるずころの思想が出お来る。矛盟や衝突はあるにはあるが、解消のできぬものではない。矛盟そのものが解消だからである。なるほど。

月日

 ”珟代の食ずアグリビゞネス”幎月 有斐閣刊 倧塚 茂・束原 豊圊線著は、珟代の食ず蟲をめぐる情勢を身近な食の珟状から食料システムの党䜓像を解明しようずしおいる。

地球の人口は珟圚億人であるが、そう遠くない将来に億人になる予枬が出おいる。珟圚でも地球䞊には飢えに苊しんでいる人がたくさんいるのに、あらたに億人も逊う食料をどう確保するのであろうか。以前から懞念しおいたこずである。これたでにわれわれの食生掻は倧きく倉貌し、それず連動しおフヌドビゞネスが進展しおきた。これからも人口爆発に䌎っお、食の事情も倧きく倉化しおいくず思われる。食料の増産ずいう芳点から、蟲業・食料の工業化ずグロヌバル化の進展は必然の動きである。たた、遺䌝子組換え䜜物などの出珟もこの食の問題ぞの察凊法の぀であろうか。本曞は、蟲業・食料の工業化ずグロヌバル化が進む䞭で遺䌝子組換え䜜物など食の安心・安党を考えるものである。遺䌝子組み換えなど、自然の摂理を倉化させるずなんらかの反動があるのではないか。感染牛、鳥むンフル゚ンザ、茞入冷凍野菜の残留蟲薬、食品の䞍圓衚瀺、遺䌝子組み換え食品などが次々ず起こる䞭で、食の安心・安党は本圓に倧䞈倫であろうか。

第郚 珟代の食ずアグリビゞネス

 第章 食ビゞネスの展開ず食生掻の倉貌

 第章 フヌドビゞネスず珟代の食

 第章 䞖界の食料事情ず倚囜籍アグリビゞネスによる食料支配

第郚 囜境を越える食料・蟲業ずアグリビゞネス

 第章 経枈のグロヌバル化ずコメ・ビゞネス

 第章 畜産物の生産・流通ず食肉ビゞネス

 第章 果実・果汁ず野菜のグロヌバル化

 第章 冷凍食品生産拠点のアゞア展開

 第章 コヌヒヌ・玅茶ずアグリビゞネス

 第章 氎産物垂堎のグロヌバル化

第郚 21䞖玀の食をどうするか

 第10章 䞖界の食料問題ず遺䌝子組換え䜜物

 第11章 食の安党ず衚瀺をどうするか

 第12章 地域に根ざした食ず蟲の再生運動

 第13章 食ず蟲をめぐる囜際的運動

月日

 ”アメリカヌ非道の倧陞”幎月 青土瀟刊 倚和田葉子著は、旅する䜜家が切りひらく新䞖界アメリカの物語である。アメリカを非道ずいう、アメリカが巚倧で䞍可解な存圚であるからか。

著者の倚和田葉子さんは、日本語ずドむツ語䞡方で䜜品を曞いおいるドむツ・ハンブルク圚䜏の䜜家である。幎、東京郜䞭野区生たれ、立川高校時代から第倖囜語ずしおドむツ語を習い始め、早倧ロシア文孊科卒業埌、にドむツのハンブルク垂にあるドむツ語本茞出取次ぎ䌚瀟に研修瀟員ずしお就職し、珟圚に至るたで䞭断なくハンブルク垂に圚䜏しおいる。幎に、ドむツの出版瀟から初めお二か囜語の詩集を出し、その埌ドむツ語で短線小説を曞く。ハンブルク倧孊修士課皋修了し、ハンブルク垂文孊奚励賞受賞。日本でも、矀像新人賞、芥川賞受賞。幎に、チュヌリッヒ倧孊博士号を取埗。文孊博士。泉鏡花賞受賞受賞、Bunkamuraドュマゎ文孊賞受賞、谷厎最䞀郎賞受賞、ゲヌテ・メダルなど、創䜜ず孊問の䞖界でいたもっずも茝いおいる人の人であろう。非道の倧陞では、䞻人公のあなたが、自動車で砂たみれになりながらアメリカ各地を旅しお、出䌚った人々、目にした出来事などが綎られおいる。スラムポ゚ットリヌ、鳥瞰図、免蚱蚌、フロントガラス、き぀ねの森、マナティ、緎習垳、氎の道、銬車、メむンストリヌト、ずげず砂の道、無灯運転・・・。それぞれが぀぀の短線であり、同時に党䜓を構成しおいる。拟い読みであるが、䞍思議な感じの残る小説である。

月日

 ”食ビゞネス぀の秘蚣”幎月 誠文堂新光瀟刊 矢厎 栄叞著は、䞍況の䞭でがんばっおいるスモヌル食ビゞネスを玹介しおいる。

 いざなぎ景気超えずいわれるが、地方䌁業ず䞭小䌁業、特に小芏暡䌁業は苊境に陥ったたたである。商店街では、今埌幎間に95の個人商店がやめおいくか砎産するずたで蚀われおいる、ずいう。しかし、こうした䞍況、䌁業倒産時代の䞭にあっおも、元気に売䞊、業瞟を䌞ばしおいる䌁業がある。たた、廃業の危機にさらされながらも業瞟を回埩し、新たな時代の䟡倀芳を生み出しおいる䌁業がある。食は人が生きおいくために最も倧切なもので、䞍況に匷いずいわれおいたが、ここにも䞍況の圱響が抌し寄せおいる。日本の食ビゞネスは、いた、倧きな転換期にさしかかっおおり、蟲業人口の枛少、耕䜜攟玠地の急増、䞭山間蟲地・山林の荒廃、䞭小小売店の激枛、倧䌁業の蟲業進出等があり、食ビゞネスも䌁業論理、垂堎原理の方向ぞ進んでいる。そこで、食ビゞネスの原点に立ち垰り、食に察する新たな䟡倀を創造しおがんばっおいるスモヌル食ビゞネスのノりハりに泚目が集たっおいる。秘蚣ずは、

・個に察応する品質重芖の時代

・消費者に孊べ、自らも消費者ず知れ

・私たちの商品のヘビヌナヌザヌは誰か

・反垞識から発想せよ

・情報・文化 逆流の時代

・たずはコミュニティありき

・キヌワヌドは自分の蚀葉

である。そしお、具䜓的な事䟋がいく぀か玹介されおいる。

・地方発、産地で元気にがんばる食ビゞネス

・倖食が有機野菜生産・卞に進出 新芏就蟲垌望者の受け皿に

・郜䌚発、倧手を駆逐する食ビゞネス、パワヌの源

・ネット通販が恐竜化したカタログ型通販を駆逐する

月日

 ”蟲的幞犏論 藀本敏倫からの遺蚀”幎月 家の光協䌚刊 加藀 登玀子線は、共感できるこずが倚い内容である。

 藀本敏倫氏は歌手の加藀登玀子氏のご䞻人で、幎に亡くなった。その藀本氏の生前の原皿を本にしたものである。

 次のように蚀っおいる。

 ”地球瀟䌚の性栌に倉化を䞎えはじめおいる。珟に炭酞ガスの増倧によっお地衚の枩床が䞊がっおいるずいう報告が出されおいる。なぜなら、炭酞ガスは幅射熱の吞収量が倧きく、倧気䞭に炭酞ガスが増えれば増えるほど気枩がだんだん䞊がっおくるこずは事実なのだ。炭酞ガスがいたの二倍に増えれば気枩は床以䞊䞊昇するずいわれおいる。二床も倧気䞭の気枩がちがうずいうこずはたいぞんなこずである。人間は空気を砎壊しおいるだけではないし人間は生物の母、海をも急激に砎壊しおいる。毎日、河川をずおしお工堎廃液は海に流れ蟌み、廃油や重油は海面になんのちゅうちょもせず廃棄される。海が地球䞊のを占め、倧気の倍の容量を持っおいるから、その倩然の浄化䜜甚はただびくずもしないずはいえ、局郚的な汚染の集䞭はその海域の氎䞭生物を死滅させ、汚物はヘドロずなっお底に蓄積され、プランクトンも䜏たない死の海ず化するのである。その海はなんの生呜の亀流をも蚱さない地球瀟䌚のガン病巣である。人間は地球の亀流パむプを切断しおいる。空気、氎の汚染はその䞻芁なパむプなのであり、緑の迫害の䞭にその生呜のパヌトナヌを倱っおいる。生呜のコミュニケヌションを倱った地球瀟䌚は、それゆえに各皮の瀟䌚の絶滅を招き぀぀あるずいえよう。生呜を絶たれた肉䜓は各所で腐敗しはじめた。人間瀟䌚も遅かれ、その運呜に芋舞われるのであろう。”

 そしお、人間は䞇物に謝らねばならないず蚀う。

 ”人間は他の生物ずちがっお、自分の䜓を倉えるこずなく、自分の䜓ずは別に道貝や機械を䜜っお進んできた。だから、人間は自分のやっおいるこずがどのようなものなのかずいうこずが、ほんずうはよくわからない。そしおある日、突然気づいたずき、自分のやっおきたこずに自分自身が耐えられなくなっおいるずいうこずになる。人間には空気や、氎のいたみはわからないし、他の動物や怍物たちの䞍満はわからないのだから、救われるたでは、人間がどこたで地球瀟䌚の䞀員ずしお自分たちの立堎を理解するかにかかっおいる。いたや、もう手遅れかもわからないず思う人もいるかもしれない。恐竜やマンモスが、みずからの繁栄の䞭にみずからの滅亡を準備したように、人間もたったくそのずおりなのかもしれない。恐竜やマンモスは、自分が䜕をやっおいるのかを死にたえるずきでもわからなかった。人間もいた、自分が䜕をやっおいるのかがわからないのである。頭脳掻動ずいう他の生物にはない機胜をもちながら、そしお、その機胜を生みだしおくるずき、自分ず自然の関係を率盎に芋぀め、狩猟のあず、銬の軜やかな走りざたや、魚の自由自圚の泳ぎ぀ぶりや、草花の枅らかな可愛いさや、海の倧きさ、空の枅朔さに思いを銳せお、生呜ずいうものにうたれた、その気分を忘れ去っおいるのである。地球の砎壊を人間は䞭止せねばならない。空気の汚染、氎の汚れ、緑の迫害、土の死、䞇物が友であり、䞇物が呜をずもにするものである。人間は空気や氎や緑や土や、そしお数倚くの動物たちに謝ろう。私たちは地球瀟䌚の代衚遞手なのだから、地球瀟䌚党䜓の祝犏を受けお、協力を受けお、この生呜を燃焌させねばならない。”

平成幎月日

 ”ほっずする犅語”幎月 二玄瀟刊 野田倧燈監修、杉谷みどり文は、の犅語を、やさしく、ふかく、面癜く珟した読みやすい本である。

 お気に入りがいく぀かあるが、その䞭の぀。

 䞋茉枅颚

 積み荷を降ろしお軜くなった船が、枅颚にのっお軜やかに航海する、ずいう蚀葉。

 䞡手にいっぱい、肩から䞋げた荷物も背䞭に背負った荷物も、党郚降ろした気持ちよさ。

 降ろすのは心の荷物。

 心の䞭の迷いやこだわりをぜんぶ枯に降ろしおしたったらどんなに気持ちがいいものか。

 もう䜙蚈なものは積たないようにしよう。

 い぀の間に心にあんなに荷物をしょいこんでしたったんだろう。

 こんど荷物に出䌚ったら、目を぀むらずに向き合っお断ろう。

 二぀に䞀぀の遞択をせたられたら、二぀ずも捚おおしたおう。

 この船以倖に生きおいくのに必芁なものなどないはずだ。

 船が健やかなら人生は自然の枅颚が運んでくれるはず。

月日

”倉革期の地域産業”幎月 有斐閣刊 関 満博著は、著者がラゞオ”ビゞネス展望”で語ったものをたずめたもの。

 景気が良くなっお最っおいるのは倧䌁業ずその呚蟺であろう。景気が回埩しおいおも取り残されおいる地方は少なくない。地域産業はただ疲匊から立ち盎っおいないずころが倚い。しかし個々には、地元に根を匵り自ら道を切り開いおいる小さな䌁業がある。そんな、人の姿が芋える小さな地域ずいう珟堎のわずかな動きから未来を芋通しおいくずいう芖点から日本のの地域ず䞭囜のの地域が玹介されおいる。地域掻性化ずいう点から、参考になるこずもあり、元気の出るレポヌトである。

 玹介されおいる地域

 モノづくり・たちおこし

 北䞊モデル、花巻モデル、斐川町、岡谷垂、䞉鷹垂、む぀小川原、川井村、柏厎垂、宇郜宮垂、由利本荘、家島

 日本の蟺境に芋る新たな動き

 宮叀垂、倚摩地域、札幌垂、花巻垂、宀蘭垂・苫小牧垂、凜通垂、長厎県、釜石垂・倧通垂、釧路垂、墚田区

 䞭囜地域産業の最前線

 華南地域倖資䌁業、民営䌁業、新民営䌁業、蘇州、倧連、蘇州、倧連、深せん、広州花郜、無錫

月日

 ”䞖玀 仏教ぞの旅 むンド線”幎月 講談瀟刊 五朚 寛之著は、歳のブッダが最埌の垃教の旅をしたキロの道のりを蟿ったものである。

 五朚氏は幎犏岡県に生たれで、幎に北朝鮮より匕き揚げた方である。その埌早倧露文䞭退しお䜜家生掻に入ったが、幎から䌑筆しお京郜の韍谷倧孊で仏教史を孊ばれたそうである。管理人は五朚氏の䌑筆䞭のこずは知らなかった。幎来、浄土真宗の芪鞞や蓮劂の思想に共感を抱いおきお、ブッダの教えが生たれた土地を螏んでみたかった、ずいう。幎霢も代半ばを迎え、人生の締めくくり方を考えざるを埗ない。いわば、ブッダはどう死んだのかを旅のテヌマに、歳のブッダが最埌の垃教の旅をしたキロの道のりを旅された。

 およそ幎前、お釈迊様はむンド北方の釈迊族のカピラ城の王子ずしお生たれ、歳で出家し歳で菩提暹の䞋で瞑想し悟りを開かれた。悟りを開いた埌、幎間䌝道の旅に明け暮れ、途䞭病に倒れ歳の月日にむンドのクシナガラで歩く力がなくなり、沙矅双暹の䞋で北を枕にしお右脇を䞋にしお暪になられた。いよいよご臚終になる寞前にお釈迊様がなり、沙矅の暹は急に党おの花が満開に咲き、花びらが䟛逊するように散り泚いだ、ずいう。ブッダが生前に発した最埌の蚀葉。

 「さあ、修行僧たちよ。お前たちに告げよう。もろもろの事象は過ぎ去るものである。怠るこずなく修行を完成させなさい」ず。

月日

 ”地球の息”幎月 星雲瀟刊 立束 和平著は、東京新聞、宮厎日々新聞ほかに連茉した゚ッセむをたずめたもの。日本のあちらこちらを歩き、地球環境を倧切にする芳点から、いろいろなテヌマに蚀及しおいる。

 立束和平さんは、1947幎栃朚県生たれ、早倧政経卒。宇郜宮垂圹所に勀務の埌、1979幎から文筆掻動に専念された。行動掟の䜜家ずしお知られおいる。正月は幎間も、奈良の法隆寺で行を぀んでいる、ずいう。背景には仏教的な芳点があるように思える。今回の䞍二家の事件を目の蟺りにしお、管理人はか぀おの雪印のこずを思い出した。この本には雪印の事件に觊れた蚘述がある。か぀お雪印乳業が食䞭毒事件を起こした。その埌に、雪印食品がオヌストラリア産の牛肉を囜産ず停った事件があった。そもそも雪印ずいう䌚瀟は、黒柀酉蔵ずいう理想䞻矩者によっお創業された、開拓粟神にみなぎる䌚瀟であった。黒柀酉蔵は、田䞭正造の曞生ずしお孊生時代に足尟鉱毒事件に身を挺した人物で、田䞭正造の我が身を捚おた人間愛にあふれる理想䞻矩に共鳎し、北海道ずいう開拓地に枡っおリダカヌを自ら匕きながら共同組合運動をおこしたのが雪印の前身であったそうである。立束さんは、雪印の創業者の理想䞻矩の粟神が腐っおしたったこずを痛いほどに物語っおいる、ずいう。この囜の行く末が案じられるずいう気分になったずのこず。

”神様が芋おいる、仏様が芋おいる、死んだ父芪がどこかで芋おいるから、人が本圓に困るような悪いこずはしないずいうのが、普通の人の感芚である。芋えるもの、圢のあるものしか信じられないのならば、粟神生掻など成立しないではないか。”

”創業者の理想、その創業者に思想的圱響を䞎えた人物の倧いなる理想に、雪印はもう䞀床、立ち戻るべきであろう。もしかするず、それはこの囜党䜓に蚀えるこずではないだろうか。”

平成幎月日

 Yahoogleずは

 Gigazine 2006幎04月26日 によるず、最もよく利甚する怜玢サむトの䜍はYahooで59だそうである。䜍はGoogleで25、䜍はMSNでずのこず。米囜の堎合は事情が違っおいお、䜍はGoogleで49、Yahooは䜍で22、䜍はMSNで11、ずいう結果になっおいるそうである。最近、yahoogleずいうサヌビスを芋かける。YahooJAPANは今では独自の怜玢゚ンゞンを採甚しおいるが、2001幎から2004幎たでの間はGoogleず提携し、Yahoo! JAPANのキヌワヌド怜玢で該圓するサむトが無かった堎合、自動的にそのキヌワヌドでGoogle怜玢をするようにしおいたそうである。このyahoogleはこの機胜を䞀新したもののようである。開発したのは、神奈川県鎌倉垂の損害保険代理店 京和だずか。Biz.ID 2006幎10月24日 によるず、アルファバヌゞョンがオヌプンしたのは10月23日だそうである。Yahoo!怜玢WebサヌビスずGoogle SOAP Search APIずいう2぀の怜玢APIを掻甚し、1回の怜玢でYahoo! JAPANずGoogleの怜玢結果を同時に衚瀺できようである。Yahoo!怜玢ずGoogle怜玢のいずれかを遞択しお怜玢するこずもできるほか、Internet Explorer 7ずFirefoxのツヌルバヌの怜玢゚ンゞンずしお登録するこずも可胜である。今埌、掻甚が進展するのであろうか。

月日

 ”䜕のために生きるのか”幎月 臎知出版瀟刊 五朚寛之, 皲盛 和倫著で、五朚氏は”か぀おの日本人が持ち合わせおいた他者ずの共生を良しずするしなやかな信仰を忘れた珟代瀟䌚は、うわべの豊かさずは裏腹に、枯れた倧地に等しい”ずいう。皲盛氏は”生き銬の目を抜くビゞネス瀟䌚にあっおも、他者を思いやる「こころ」が攟぀光が勝者の道を照らすのだ”ずいう。

 五朚氏は幎月犏岡県生たれ。皲盛氏は、幎月鹿児島県生たれ。同じ九州の出身ずは知らなかった。五朚氏は金沢のむメヌゞだし、皲森氏は京郜のむメヌゞである。䜜家ずしおの五朚氏はいたさら蚀うたでもないが、幎から䌑筆しお京郜の韍谷倧孊で仏教史を孊ばれたそうである。どちらかずいうずネガティブな発想から出発されおいるようである。幎来、浄土真宗の芪鞞や蓮劂の思想に共感を抱いおきたそうである。皲森氏はファむンセラミックスに関する技術開発力をもずに、パッケヌゞをはじめ各皮電子郚品、産業甚郚品等のメヌカヌずしお急成長させ、今日では通信機噚、情報機噚、カメラ、宝食品等の補品矀を持぀䞖界有数の優良䌁業に育お䞊げおこられたが、歳になっおから仏教の勉匷をしお幎には臚枈宗劙心寺掟円犏寺にお埗床を受けおおられたそうである。どちらかずいうず、ポゞティティブな発想から出発されおいるようである。皲森氏の経営哲孊、事業の目的、意矩を明確にする、目暙を明確に立おる、匷烈な願望を心に抱く、誰にも負けない努力をする、売䞊げを最倧限に、経費を最小限に、倀決めは経営なり、経営は意思で決たる、激しい闘魂を持぀、真の勇気を持぀、垞に創造的な仕事をする、思いやりの心で誠実に、垞に明るく前向きに、倢ず垌望を抱いお玠盎な心で、にその䞀端が䌺われる。豊かな日本の䞭で珟代人は䜕を倱っおしたったのか、いた、井戞を掘らなければいけないのは、日本人の枇ききったこころであり、みずみずしいこころを取り戻す必芁がある、ずいう。そうかもしれない。

 ”悟るこずは難しい。自分はずおも独りの力で悟れる人間ではない。でも、倧きな力に助けられお䞀歩でもそっちのほうに近づけたらいいな、ず気づくこずが悟ったこずでもあるんですよ”五朚氏

 ”旅立っおいく私のたたしいをより矎しいものにしたいずいう気持ちがあるのです。それがどうも神さた、あるいは自然が、われわれに䞎えおくれた「人生の意味」なのかもしれないなず思いたす。”皲盛氏

 第章 同時代を歩んだ゜りルメむトずしお

 第章 こころが也いおしたった日本人

 第章 いた、宗教の力を問い盎すずき

 第章 新しい浄土の物語を぀くる

 第章 人生の転機から芋えおきた「生き方」

 第章 ポゞティブずネガティブの出䌚う堎所

 第章 他力の颚を受けお生きる

月日

 ”ベンチャヌ倱敗孊”幎月 文藝春秋瀟刊 村䞊建倫著は、ずにかく面癜い。最埌のペヌゞに、”参考文献 党くありたせん”は痛快である。

 著者の村䞊氏は1948幎兵庫県生たれで、京倧卒業埌倧手商事䌚瀟に勀務し、その埌ベンチャヌ・キャピタルを蚭立し今日に至る。か぀お”ベンチャヌ”ず蚀うず”デンシャ”ず返されたそうである。しかし、先週”デンキ”ず返されたずのこず。個人的には離婚ず成功の順序が逆になり、戞惑いずずもに始たったベンチャヌの旅はただ終わっおいない、ずいう。ベンチャヌ䌁業ずいえば、危険を冒しお誰でもが尻蟌みするようなこずに果敢に挑み、成功を぀かみ取ろうずする䌁業のように思っおいた。正確な意味はただ確定しおいないようである。独創性ず独立性がベンチャヌ䌁業の柱であり、結果ずしお挑戊ず事業に察するリスクが䌎う。アメリカでは、ベンチャヌビゞネスずいう甚語に明確な定矩があり、”ベンチャヌ・キャピタルが投資察象ずする事業や起業家”ずしおいるようである。村䞊氏はそのベンチャヌ・キャピタルなので、ベンチャヌの実態をよく把握しおいる。この本によるず、ベンチャヌ・キャピタルは、ハむリスク・ハむリタヌンな投資ビゞネスである。将来有望なビゞネスに資金提䟛を行うず同時に株匏を取埗し、圹員やコンサルタントを送り蟌んで成功のための指導、育成を行い、最終的には䞊堎によっおリタヌンを埗るこずになる。銀行ずは異なり、ビゞネス自䜓に将来性があるず刀断すれば、無担保・無利子でも資金を出しおくれる。しかし䞀方で、有望なベンチャヌは既存の金融機関が取匕するので、持ち蟌たれる案件のはがらくたであり、そのがらくたの䞭からダむダモンドの原石を芋぀けだすのがベンチャヌ・キャピタルの醍醐味である、ずいう。”぀いに氞久゚ネルギヌを実珟したした””某囜沖でマグロを捕りたす。近蟺の海賊ずはコネがありたす”などなど、䞖間知らずの脱サラ、芋果おぬ倢をも぀誇倧劄想狂たがいの山垫や詐欺垫が少なくないようである。この手のいろいろなビゞネスや人間が面癜おかしく曞かれおいる。

月日

 䞀切唯心造玄䟑宗久さんの”犅的生掻”から、

 人間にずっおもっずも悩たしいのが心である。䞖界があるからそこに争いがあり、悩みがあり、迷いがある。たた、奜きずか嫌いずかずいう気持ちがなぜ生たれるのか・・・。心にアプロヌチするのが意識である。梵語では”チッタ”が心ず蚳され、”マナス”が意ず蚳されおいる。そしお識は因瞁の䞭で、胎ずしおの発生に宿る人間の第䞀念であるずのこず。もっずも深局の意識である”アヌラダ識”は、ペヌガによっお意識化しおコントロヌルができる、ずいう。そしお、意識されおいなかった心も、意識化されるだけでおずなしくなるずのこず。䞀切ずは、すべおの珟象、存圚を意味し、唯ずは、ただそれだけのこずで、私たちの呚囲のすべおの存圚珟象は心の働きであり、心が造り出したものにすぎない。あらゆる存圚は心より珟出したものにほかならず、心のほかに䜕物も存圚しない。地獄も極楜も心の䞭にあり心が造り出したもので、有無・埗倱・善悪・矎醜・愛憎などの盞察的差別の芋方も心の造り出したものである。すべお䞀切唯心造ず達芳すれば自然にそれらの察立は消えお、真劂そのたたの心になるこずができる、ずいう。

平成幎月日

 ”組織の盛衰”幎月 研究所刊 堺屋 倪䞀著を読み返しおみた。いたに通じる内容である。

 戊埌の日本を支えおきた倧組織が、組織の死に至る病にかかっおしたっおいる。官公庁、銀行、蚌刞はじめ日本の䞀流倧䌁業が抱えおいる問題は䜕なのか。その死に至る病が起こったのは、機胜䜓の共同䜓化、環境ぞの過剰適応、成功䜓隓ぞの埋没などが原因である。そこで、いた、組織䜓質の点怜ず組織気質の点怜が必芁である、ずいう。過去においお、豊臣家の人事圧力シンドロヌムず成功䜓隓の倱敗、垝囜陞海軍の共同䜓化で滅亡した組織機胜、日本石炭産業の環境ぞの過剰適応で消滅した巚倧産業などの事䟋があった。瀟䌚が倉わるので、組織も倉わる。組織管理の機胜ず適材ずは䜕か、これからの組織はどうあるべきか、などに぀いお曞かれおいる。共同䜓化した組織を機胜䜓に、抜本的に切り替えおいくこずこそ、本圓のリストラクチャリングである。面癜いのは、䞉比䞻矩からの脱皮ずいう点。䞉比ずは、前幎比、他瀟比、予算比である。そのもずには、コスト適性利最適性䟡栌の発想があるが、コストを䞊乗せするこの方匏はいずれ行き詰たるので、これからは䟡栌ヌ利益コストずいう発想に切り替えるべきだ、ずいう。䌁業組織の倧きさや固さよりも、利益実珟を目指す機胜的な匷さを远求せざるをえない。その利益質は、倖延性、継続性、奜感床であり、利益質を軜量化しお利益質指数を提案しおいる。

月日

 ”たちはよみがえる”幎月 ビゞネス瀟刊 船井幞雄著は、田舎の再生から日本は埩掻する、ずいう。垂町村が玹介されおいる。

 船井氏は経営コンサルタントしおたた、船井総研の創業者ずしお有名である。幎倧阪府生たれで、幎京郜倧孊蟲孊郚卒。日本マネゞメント協䌚経営指導郚長などを経お、幎に株日本マヌケティングセンタヌ蚭立。幎月に船井総合研究所に瀟名倉曎。これたで、䞖界䞭、日本䞭を歩き、むダシロチが最高の熱海に幎に転居した。氎よし、空気よし、最高の颚景ず立地、治安よく、人も芪切だずいう。経営指導のプロずしお数倚くの経隓を積み、実に幎頃からコンサルティングで倱敗がなかったそうである。最近の幎では、地域の掻性化ず䌁業再生が倚いずのこずである。倧郜垂は人口が増え経枈が掻発になっおいく䞀方、地方は過疎化が進み経枈の停滞・衰退ずいう極化珟象が起きおいる。人を呌び戻すには、単に䌁業を誘臎するだけでなく、たちそのものを魅力あるものにする、たちおこしが必芁である。第䞀章では、地域に人を呌ぶポむントは「若い女性」ず「クチコミ」ずいうテヌマで地域掻性化を考える際の芁点がたずめられおいる。第二章で、地域掻性化に成功した、小暜垂、矎瑛町、小坂町、岩泉町、富士吉田垂、日高垂、川越垂、川䞊村、枅氎町、䌊賀垂、矎銬町・脇町、呌子町、由垃垂・湯垃院町、綟町、の垂町村の実䟋を取り䞊げおいる。第䞉章は、ずくに気になる二぀の垂ず町ぞのアドバむスずいうこずで、熱海垂ず富士河口湖町に぀いおの掻性化のポむントをたずめおいる。

月日

 堀江被告に実刑刀決

 ラむブドア事件は昚幎の出来事なのに、もうずいぶん前にあった事件のように思えるのはなぜか。倉化の激しいこの時代、昚日のこずは次々に流れ去っおいくように感じられる。

 月日に、蚌刞取匕法違反の眪に問われたラむブドア前瀟長の堀江貎文被告に察し、東京地裁から懲圹幎カ月の実刑刀決があった。”刀決は起蚎事実をすべお認め、「粉食した業瞟を公衚しお株䟡を䞍正に぀り䞊げた」ず非難し、堀江前瀟長の「指瀺、了承なしには各犯行はあり埗なかった」ず刀断し、「蚌刞垂堎の公正性を害する悪質な犯行」ずしお実刑が盞圓ずした。いたは景気が回埩しおいるが、あの時代はただだったので、瀟䌚の䞭にこういうこずも起きかねない雰囲気があった。控蚎の結果はどうなるであろうか。今埌、ただただ぀づく長垳堎である。

月日

 ”颚林火山”幎月 山梚日々新聞瀟線集・発行は、山本勘助の実像をいろいろな切り口からずらえおくわしく玹介しおいる。

 の倧河ドラマ「颚林火山」は、井䞊靖の歎史小説「颚林火山」を原䜜ずしお、歊田信玄に仕えた軍垫・山本勘助を䞭心に描かれおいる。ドラマはやや暗いむメヌゞであるが、ストリヌは面癜い。勘助は生没幎䞍詳であるが、没幎に぀いおは氞犄四幎ずいう説がある。名を勘介ずも曞き、晎幞ず称したずいう。埌幎、入道しお道鬌ず号した。昭和幎に、歎史孊者、奥野高廣さんが架空の人物ず断定しおから、これたで実圚したのかが問われおきた。資料的䟡倀に問題があるずされる「甲陜軍鑑」にしか登堎しおいないので、架空の人物であるずされおいた。この「甲陜軍鑑」を元に、軍蚘物語、浄瑠璃で脚色され、川柳や草草玙などさかんに取り䞊げられ、むメヌゞされた勘助像が䌝わっおいた。昭和幎に、実圚を瀺すずされる「垂河文曞」が発芋された。䞭に、「山本菅助」ず曞かれおいたそうである。

 垂川良䞀氏所蔵文曞

「泚進状披芋。仍぀お景虎、野沢の湯に至り、陣を進め、其の地ぞ取り懞かるべき暡様、たた歊略に入り候ずいえども、同意無く、あた぀さえ備え堅固ゆえ、長尟功を無くしお飯山ぞ匕退き候、ゆえ誠に心地よく候。いずれも今床、其の方のはかり頌もしき迄に候。なかんずく野沢圚陣のみぎり、䞭野筋埌詰めの矩、飛脚に頂き候き。すなわち倉賀野ぞ越し、䞊原䞎䞉巊衛門尉、たた圓幎の事も塩田圚城の足軜を始めずしお、原䞎巊衛門尉五癟䜙人、真田ぞ指し遣はし候凊、既に退散の䞊是非に及ばす候。党く無銖尟有るべからず候。向埌は兌お其の旚を存じ、塩田の圚城衆ぞ申し付け候間、湯本より泚進次第に圓地ぞ申し届けるに及ばず出陣すべきの趣、今日飯富兵郚少茔の所ぞ䞋知を成し候の条、埡心易く有るべく候。猶山本菅助口䞊有るべく候。恐々謹蚀。読み䞋し

六月廿䞉日

    晎信花抌

垂河藀若殿」

 「甲陜軍鑑」によるず、勘助は、諞囜遍歎の埌、倩文幎に歳で歊田家の重臣・板垣信圢の掚薊で信玄に仕え、信濃攻略に勲功をあらわしたずいう。亡くなったのは、有名な川䞭島の戊いのこずのようである。隻県偏跛の軍垫ずしお歊田流兵法を創始し、川䞭島の戊いで「啄朚鳥の戊法」で戊かおうずしたが、策略は倱敗し、責任を感じた勘助は、手兵䜙を率いお越軍に斬り蟌んで負傷し没したそうである。この本では、第章で、勘助ゆかりの珟代の人々がたくさん玹介されおいる。勘助の墓石ず䜍牌は、北杜垂の山本家が嗣いでいるずのこず。ほかに玹介されおいるのは、小池の山本巻、浅川の通称道通、宗泉院の石祠、䞋円井の山本皲荷、行蔵院の念持仏、勘助屋敷跡、勘助䞍動など。



月日



 ”フィレンツェ・ルネッサンス の至宝”幎月 新朮瀟刊 森田 矩之著は、あこがれのフィレンツェの至宝ぞの案内曞。著者は幎神奈川県生たれで、東京芞倧卒業埌、幎にフィレンツェ倧孊ずロヌマ倧孊に留孊。専門は、むタリア矎術史ず郜垂史。



 フィレンツェはアルノ川のほずりに広がる花の郜で、ボッティチェッリやミケランゞェロの䜜品であふれる華麗な矎術の宝庫、あるいはグッチやフェラガモが本店を眮くモヌドの先進郜垂である。ルネサンス文化誕生の地ずしお䞖界䞭の人びずから憧憬の県で芋られ続けおきた。ずりわけ、19䞖玀から20䞖玀初めには、憧れのあたりこの町に䜏み぀いおしたうむギリス人やアメリカ人が少なくなかったようである。しかし珟実のフィレンツェは、そんな倖囜人の片想いずはかかわりなく、じ぀に厳しく荒々しい衚情をもった、難解な郜垂だ、ずいう。管理人も幎前に䞀床行ったこずがあるが、䞀旅行者にはそういうこずは分からなかった。垂民たちは忙しく立ち働き、閉鎖的でよそよそしく、冷淡なほどプラむドが高く、ダンテは、圌らを「ひねくれた忘恩の民」「匷欲で嫉劬ぶかく高慢な茩」ず、『神曲』地獄篇 第15歌でこきおろし、16䞖玀の文人グむンチェンツォ・ポルギヌニは、「鋭い目぀きず意地悪な舌」がフィレンツェ人の人盞曞だ、ず述べた、ずいう。人類の文明史にそびえ立぀ルネサンスずいう茝かしい郜垂文化を創造したフィレンツェ人、そしお、珟実にこの町で生き続ける排他的で耇雑に屈折したフィレンツェ人この二぀を結び぀けお理解するには、この郜垂の歎史を深くさかのがるほかないようである。本曞では、フィレンツェ矎術をひず぀の倧いなる倚面䜓ず芋なし、九぀の切り口から迫っおいる。プレ・ルネサンスのゞョットから、レオナルド、ミケランゞェロにいたるたで、フィレンツェぞ行ったらこれだけは芋お欲しいず思う絵画や圫刻や建築をピックアップされおいる---芋おいるだけも楜しめる本である。著者は、”めくるめく県犏”ずいう。



平成幎月日

 ”コミュニティビゞネス入門”幎月 連合出版刊 園 利宗著は、コミュニティビゞネスの事䟋を亀えお、成功芁因やビゞネスモデルが理解できる本である。

 コミュニティビゞネスは、地域コミュニティの再生ずビゞネスの起業を結び぀けるもので、犏祉・教育・たちづくりなどが重耇しおいるこずが倚い。少子高霢化などの問題に行政や䌁業が察応できなくなり、むしろ地域の垂民ず商店䌁業が協働した取り組みの方がいい、ずの考えが広がっおきたからである。この本では、珟堎からのコミュニティビゞネスの進め方が提案されおいる。第䞀に、珟堎でコミュニティビゞネスに取り組んでいお参考になった事䟋を遞び、どんなずころが圹に立ったかを玹介。第二に、その䟋から「どこでも、誰でもできるコミュニティビゞネスずは」ずいう問題意識を持っお、、各地でのコミュニティビゞネス詊行のプロセスず成果、課題を報告。第䞉に、その結果を怜蚎し、そこから「どこでも誰でもできるコミュニティビゞネスの進め方ず論理」を提案。事䟋ずしお、足助町、足立区高霢者垂堎協議䌚、流山ナヌアむネット、高岡垂坂䞋町朝垂、篠山垂、川越垂、半田垂、奈良町、岐阜県明智町倧正村、京郜垂春日地区、秋円県鷹巣町、足助町などが取り䞊げられおいる。これから䞻䜓性を持った垂民掻動が、党囜的に醞成されおいくであろう。自分達が䜏むたちに誇りを持ち、自分達が䜏みやすいたちを考えおいく時代だからである。単なる行政ぞの働きかけだけではなく、自分達ができるこず、したいこずを積極的に考え、時には行政のシステムを倉えおいくこずが求められる。

月日

 ”でたちを元気にする方法”幎月 ぎょうせい刊 柎田 郁倫著は、そもそも自身が1988幎に開蚭された「志朚サテラむトオフィス」ずいうオフィススペヌスで、SOHOむンキュベヌション斜蚭を10数幎来にわたっおマネヌゞしおきおいる人によるもので、研究者ずしおも倧孊で教員をしおいるそうである。

 いたは、䌁業や工堎を誘臎しお地域産業の育成を図るずいう時代ではなくなった。すっかりBRICSの方に行っおしたったのが倚いのであろう。日本では、内発型の産業起こしが重芁になり、コミュニティビゞネスが泚目されおいる。ビゞネスを、その地域その地域で䜜っおいくこずが求められおいるのである。しかし、早々に各地域からベンチャヌビゞネスが立ち䞊がるはずもない。そこで、その前に、SOHOが地域に根ざしたビゞネスを立ち䞊げ、それがビゞネスの裟野の広がりずなっお地域産業を振興するこずが有効なのである。地域はSOHOむンキュベヌションを行っお、地域掻性化を図るべきである。本曞では、い぀くかの事䟋が玹介されおいる。

・トップランナヌ䞉鷹垂の元祖SOHO支揎手法
・高知県における壮倧なトラむアルずSOHO掻動
・埌玉SOHOMB支揎ネット圩の囜起業ベンチャヌ支揎
・沖瞄の産業を支えるSOHOたち、沖瞄にみる3぀のケヌス
・東京郜千代田区のSOHO集積による郜垂型コミュニティ再生事業
・静岡垂が誇るむンキュベヌションマネヌゞャヌの力
・北海道SOHO・マむクロビゞネス掚進協議䌚の誕生
・朚曎接垂テレワヌクセンタヌによる地域起こし
・神奈川県内SOHO団䜓のネットワヌク化、コン゜ヌシアムが産声

月日

 ダり史䞊最高倀曎新

 先日、䞭囜経枈の成長率がず発衚された。盞倉わらず高氎準である。䞊海の株匏指数はこの幎あたりに急䞊昇し、倍にもなろうずしおいる。平均株䟡が株圓たりの玔利益の37倍にもなっおいる、ずいう。幎の北京オリンピックたで、株䟡の暎萜はあり埗ないずいう芋方もあるが、䞊がりすぎたものはいずれ調敎される可胜性があろう。䞀方アメリカでは、幎月期決算で奜業瞟を発衚する䌁業が盞次いでいるこずから、ダりが史䞊最高倀を曎新しおいいる。䞀時は䞇ドルたで䞊昇し、取匕途䞭の最高倀も曎新した。アメリカの景気の先行きはどうであろうか。実態は、アメリカの景気は政府の発衚ずは違い枛速傟向を瀺しおいるずも蚀われる

月日

 ”新版 叀寺巡瀌京郜〈1〉東寺”幎月 淡亀瀟刊 砂原 秀遍, 梅原 猛著は、䞖界遺産に登録される教王護囜寺東寺を玹介しおいる。梅原 猛氏は、1925幎、宮城県生たれで、哲孊者、立呜通倧孊教授、京郜垂立芞術倧孊孊長、囜際日本文化研究センタヌ初代所長などを歎任した。

 京郜の駅舎から目に入る日本で最高の塔高を持぀五重塔で有名な東寺は、真蚀密教の根本道堎で、立䜓曌荌矅が匘法倧垫空海の教えを䌝えおいる。空海は真蚀密教の本拠地を、高野山ず東寺ず、宮䞭の真蚀院のカ所に持った。東寺は本来は西寺ず矅城門・朱雀倧路を挟む圢で幎頃に建立された寺で、平安時代以来長期にわたり東寺が正匏名称ずされおいたが、823幎空海に䞋賜されお教王護囜寺ず称したずされる。この本は、寺内の、五倧明王像、五倧菩薩坐像、垝釈倩・梵倩階像、四倩王立像、倩 蓋、䞍動明王坐像などの、宝物、建築などの文化財を写真で玹介しおいる。䞭でも倧日劂来は宇宙神で、宇宙のいたるずころに存圚しおいお、人間もたた倧日劂来ず䞀䜓になるこずができ、倧日劂来ず䞀䜓ずなっおその身がそのたた仏になるずいう壮倧なロマンである。思想は曌荌矅によっお衚珟され、倧日劂来を䞭心にさたざたな仏が呚囲に配眮されおいる。本曞でこれらのほずんどを芋るこずができる。埌半で、東寺長者・砂原 秀遍氏他からの珟代ぞのメッセヌゞが収録されおいる。砂原 秀遍氏は、1925幎、島根県生たれで、真蚀宗総本山教王護囜寺(東寺)第256䞖長者、東寺真蚀宗第2䞖管長である。

月日

 ”図で読み解く!ドラッカヌ理論”幎月 かんき出版刊 久恒 啓䞀著は、経営の神様・ドラッカ ヌの著䜜を、図解術でわかりやすく図解しおいる。

 江戞時代には、鳥撀回絵垫ずいう職業があった。颚景をたるで鳥になっお䞊空から芋䞋ろすように描く絵描きであ る。この手法を参考に、ドラッカヌの巚倧な知の森を䜓系的に理解しようずしおいる。ドラッカヌは飛躍が倚い思想 家の䞀面があり、理論は必ずしもわかりやすいものではない䞊に、文章は論理的にたたみ蟌むスタむルではない。そこで、ドラッカヌの所論を忠実に理解するこずはやめお、自分たちがドラッカヌの頭脳を借りお、独自の考え方を構築すればよいずいう考え方で、ドラッカヌ理論の図解化に取り組んだものである。膚倧な著䜜をすべお鳥撀するのは困難があるので、2000幎にダむダモンド瀟から刊行された䞉郚䜜『プロフェツシナルの条件』『チェンゞ・リヌダヌの条件』『むノベヌタヌの条件』を䞭心に、必芁があれば原兞にあたりながら行き぀戻り぀するずいう方法をずっおいる。䞉郚䜜以降の最新の理論に぀いおは、2002幎に刊行された『ネクスト・゜サ゚テむ』を察象にしおいる。数十枚のドラッカヌ経営孊の真髄を衚珟した図解ず、それをもずにした数十枚の解説文ずいうパッケヌゞから構成されおいる、珟代颚、日本颚にアレンゞしたドラッカヌのマネゞメント論の゚ッセンスである。

月日

 䞭囜の月の貿易黒字は玄兆円

 䞭囜の月の貿易黒字は玄兆円になり月から倍増し、䞀方、アメリカの貿易収支は赀字で、月は 増加したようである。䞭囜の月の貿易黒字が前幎同月比増の億䞇ドル玄兆円に䞊った。アメリカの月の貿易収支は、貿易赀字が前月比・増の億䞇ドルずカ月ぶりに増加した。䞻たる原因は、原油䟡栌の再䞊昇で茞入が膚らんだためのようである。茞入が前月比・増の億䞇ドルに急䌞したのに察し、茞出は同・増の億䞇ドルだった。囜別では、䞭囜向け赀字は前月比・枛の億䞇ドルであったが、前幎同月比では・増えた。米䞭政府間で貿易問題などを協議する戊略経枈察話の第回䌚合がワシントンで開かれるが、䞭囜の巚額の貿易黒字を問題芖する米囜が黒字削枛に向けお圧力を匷めるのは必至である。

月日

 ”人生、思い通りにいかないから面癜い”幎月 倧和出版刊 束原 哲明著は、時には流れに身を任せるこずを勧める。人生の極意は、倉化を愉しむこず。

 人生は、めぐりめぐるらせん階段のようなものだ、ずいう。よいこずも、悪いこずも、ずもに巡り合いながら人生ずなっおいく。はしごのように䞀盎線ではあり埗ない。そしお、人生、こずごずく思い通りにはいかない。うたくいったずいうのは、䞀時的なもので、たた元に戻っおしたうものだ・・・そうかもしれない。ただし、うたくいかないからずいっお、䜕もせず、じっずうずくたっおいたら、人生、どんどん沈䞋しおいく、ずいう。䞋を向いおいるからである。そうやっお䞋降し、沈んでいくず、今床は䞊昇するこずが苊しくなる。所詮、人間䜕もしなかったら、䜕も起こらない。䜕かやっおいなければいけない。䜕もやらないのなら、お化粧したり、ひげでもそっおいた方がいい。その方が、いくぶん、人生を䞊向きにさせるからである。ずもかく、自分の穎にずじこもっおいおはいけない・・・やりたいこずをやればよいのだ。思い切っお、勇気を出しお䜕でもいいからやっおみる、ずいう。あるいは、以前、奜きで興味があったこずをしおみたい。するず、倚少気分転換になるだろう。気分が楜になるず、人生も河の流れのように流れだす。ずころが、人生がうたく河の流れのようによどみなく流れだし、ああ、よかったず安心しおいるうちにたた壁にぶ぀かるこずになっおいる・・・うたくできおいるものだ。そしお、なんず、スランプがきたら、しめたず思うこずにしおいる、ずいう。なぜならば、ここでひず぀勇気を出せば、たたひず぀自分の殻が砎れ、人生が転換しおいくからである。モノは考え方ひず぀である。考え方を倉えれば、生き方が倉わる。

月日

 ”兌業・兌居のすすめ”幎月 東掋経枈新報瀟刊 玉田 暹著は、いたこそ団塊パワヌが再び掻かされるべきだ、ずいう。

 著者は野村総研の理事だった人で、幎生たれ。いた、囜民の䟡倀芳が倉わり、これたでの政府䟝存や䌚瀟䟝存によっお埗られた「豊かさ」から、自らのこずは自らチャレンゞする「よりよく生きる」に倉わった、ずいう。倚くの囜民が「よりよく生きる」こずができるように、瀟䌚の仕組みの構造改革を、みんなで掚し進めるずきがきたずのこずである。そのパワヌは、団塊の䞖代のリタむアの開始に始たる。団塊䞖代は、長い間、わが囜の産業が囜際的な競争力をも぀こずに倚倧な貢献をしおきた。たた、新しい消費瀟䌚の隆盛を牜匕し新しい家庭像を切り拓くなど、戊埌日本を圢づくるうえで倧きな圹割を果たしおきた。そしおいた、団塊の䞖代にずっお、再びわが囜をリヌドする”堎”で掻躍する機䌚が登堎した、ずいう。この本は、そぅしたチャンスに察し、どう振舞うのかに぀いお蚀及したものである。自ら胜動的に「よりよく生きる」ずでもいうべき䟡倀芳に転換したこずは、政府や䌁業䞞抱えの「公助」ぞの䟝存から、お互いに助け合う「共助」、自分自ら察凊する「自助」ぞず人々の軞足が移りはじめたこずを意味する。珟圚問われるべきは、この䟡倀芳の転換にあわせおいかに倚面的な瀟䌚システム改革ができるか、ずいう局面にあるようである。この本の䞭で勧めおいるのは、割兌業ず郜䌚ず地方の兌居である。豊かさ時代を支えおきた「終身雇甚・幎功序列」ずいう厩壊し぀぀ある雇甚圢態に代わっお、「兌業」の雇甚モデルを提瀺しおいる。そしお、これたでの豊かさマむホヌム栞家族に代わっお、よりよく生きる兌居ファミリヌずいう䜏たい方を提案しおいる。このような芳点から、瀟䌚システムの蚭蚈原理を倉え、瀟䌚システムの構造改革が必芁だずいい、䜕をどうすべきかかなり具䜓的に蚀及しおいる。
 ”わたしの十牛図”幎月 䜌成出版瀟刊 䞉田 誠広著は、高校時代幎䌑孊しお自分探しをした
ずきのこずを回想し぀぀、本圓の自分を芋倱った若者が倱われた自己を求める旅が曞かれおいる。わたしは䜕者か、
人生の䞻圹であるはずの自分ずは、いったい䜕か。

平成幎月日

 䞉田さんは歳のずきに登校拒吊、ひきこもりで1幎間高校を䌑孊しお、本ばかり読んでいた時期があったそうである。人間関係に぀たずいたずか孊校がずくに嫌いだったずいうわけではなく、倧孊入詊の受隓勉匷ばからの授業が面癜くなかったのが原因で、いた読みたい本をどうしおも読んでしたいたい気持ちだったずのこず。このずきの仏兞ずの出䌚いは倧倉な驚きで、仏兞は近代的で斬新で刺激的だず感じ、カントやヘヌゲルの思想は、幎前の釈迊の認識論から䞀歩も進んでいないそうである。この幎の䞖捚お人䜓隓で䞉田さんの仏教芳が確立され、幎経぀ず俗䞖間に戻りたい気持ちになっお高校に戻った、ずいう。本圓の自分ずいうものを芋極めるためには䞖界ずいうものを認識する必芁があり、ずくに仏教の存圚論に぀いおの理解が重芁ずのこず。䞭囜の宋の時代にいたの犅のスタむルが確立され、この圓時の犅の教科曞ずしお䜜られたのが”十牛図”である。牛ずは本圓の自分のこずである。

・尋牛 本圓の自分を求める旅立ち
・芋跡 本圓の自分はどこにいるのか
・芋牛 あるべき自分を芋぀け出す
・埗牛 本圓の自分に觊れる
・牧牛 本圓の自分ず䞀䜓ずなる
・階牛垰家 日垞生掻ぞの埩垰
・忘牛存人 あるがたたに生きる
・人牛倶忘 そしお消える
・返本還源 ここに自分はいない
・入塵垂手 これが本圓に自分だ

月日

 "なぜ売れないのか、なぜ売れるのか"幎月 講談瀟刊 鈎朚 敏文著は、幎むトヌペヌカ堂グルヌプの瀟内䌚報に茉っおいた各界の著名人ずの察談集を集めたもの。

 鈎朚氏はむトヌペヌカ堂瀟長ずしおのむメヌゞが匷烈に残っおいる。最初は東京出版販売に入瀟され、昭和幎にむトヌペヌカ堂に入られたようである。極め぀けは、昭和幎のコンビニ゚ンスストア『セブン-むレブン』をスタヌトさせたこずであろう。なぜ売れないのか、売れないのではなく、売れる機䌚を逃しおはいないか。いろいろな販売デヌタはあっおもどれも過去の数字にすぎない。明日の売れ筋が垂堎に萜ちおいるなんおこずはない。そこで、明日の売れ筋は自分で぀くり出すしかないのである。明日の売れ筋こそが仮説である。仮説を立おられるか力があるかどうか、すなわち、将来を芋通すための思考力があるかどうかが、䌁業の将来そのものを巊右する。䌁業が成長できるかどうかは、新たな垂堎機䌚を芋぀けられるかどうかにかかっおいる。仮説の立お方や超過密垂堎を勝ち抜く手法などがよく分かる。

はじめに――売れないのではなく、売れる機䌚を逃しおいる

これたでのやり方では通甚しない
 は店頭で決たる
 デヌタでは売れ筋がわからない
 数字に頌りすぎるず実態が芋えなくなる
 小売業は生掻者を知らない
 消費者はり゜を぀く
 「売れ筋」は存圚しない

どうすれば売れる機䌚を発芋できるか
 営業マンは垂堎開発マン
 なぜ数字だけでは仮説が立おられないのか
 それは芳察するための情報だ

事実ず意芋をごちゃ混ぜにしおいないか
 吊定的な意芋なら、いく぀でも蚀える
 ポゞティブな意芋のなかにこそ垂堎機䌚がある
 仮説づくりではたる眠

事実だけを拟い集める――芳察力を磚く
 事実を芋出すには「ほめる力」が必芁
 「聞き䞊手」は事実芳察の名人
 芳察力を匷化するために忍者になろう

仮説づくりの極意
 芖点さえ決たればどんどん事実が芋えおくる
 仮説はどうやっお立おるのか
 仮説づくりのガむドラむンを蚭ける
営業マンの意芋は圹に立たない
 朚を芋お森を芋ない営業マン
 みんなが䞍満の営業日報
 事実だけを日報で䌝える

事実を瀟内でどう掻かすか
 日報を曞く目的を芋倱うな
 営業日報を新聞ずしお配信する
 事実をデヌタベヌス化する
 芳察力で決たる

意芋の連続から脱け出そう
 創造凊理ず業務凊理は違う
 事実の力で組織の壁を突砎する
 考える営業マン、考える組織

営業マンが受信チャネル
 情報の逆流が始たった
 「お店の先」をずらえる
 あさっおの垂堎開発
 これからの営業マンの「䞉皮の神噚」
おわりに―― アクティブ・マヌケタヌがこれからの䞻圹

月日

 ”ブランドず癟円ショップ”幎月 朝日新聞瀟刊 堺屋 倪䞀著は、週刊朝日の幎月日号幎月日号より抜粋しおたずめたもの。

 戊埌の日本には二぀の抂念があった。第䞀は、官僚䞻導の䜓制で芏栌倧量生産型の近代工業瀟䌚を確立する、ずいう経枈コンセプトであり、第二は日米同盟を基軞ずしお西偎陣営に属し、経枈倧囜・軍事小囜を目指す、ずいう倖亀コンセプトである。この二぀の基本抂念は、時代の流れに沿ったものだった。しかし、官僚䞻導䜓制で芏栌倧量生産型の近代工業瀟䌚を確立する、ずいう経枈コンセプトが砎綻しお数幎、今なおこれに代わるものが暹立されおいない。始たりかけた金融政策も幎で止たっおしたった。西偎陣営に属しお経枈倧囜・軍事小囜を目指す、ずいう倖亀コンセプトが砎綻したあず、倖務官僚が持ち出した倖亀目暙は、北方領土の返還ず囜際連合の安党保障理事䌚の垞任理事囜になるこずだった。この数幎間に小泉内閣がやったこずは、金融機関に察する個別指導や監督匷化、金融リスクの囜有化を目指す再生プログラムなど、官僚統制匷化ばかりである。倖亀面でも官僚の倱政が目立぀。そしお、日本の䜕かが倉だず思っおいる人が倚いのではないだろうか。䞖界は激動しおいる。日本はこの倉化に着いお行っおいない。このたたでは、遠からず䞖界から取り残されおしたう。平成日本が苊境を脱する方法はただ䞀぀、囜際分業ず知䟡の創造である。ブランドはなぜ売れ続け、癟円ショップはなぜ癟円で商売できるのか

 第章「平成日本、䞀挙総括」
 第章「䜕もしなかった平成日本の政治」
 第章「䞖界の知䟡革呜は進行䞭」
 第章「激動するニッポン」
 第章「ブランドず癟円ショップ・知䟡革呜瀟䌚ぞ」

月日

 幎金蚘録玛倱問題

 瀟䌚保険庁の幎金蚘録玛倱問題は、組織的な重倧な過倱の積み重ねではないかず疑われおも仕方がないような出来事である。玍めたはずの保険料の蚘録が瀟䌚保険庁に残っおいないずいう苊情は、基瀎幎金番号が割り振られた幎月の盎埌からあったそうである。そしお、膚倧な未統合蚘録の存圚が発芚したのは幎で、瀟䌚保険庁はそれたで各地でトラブルが起きおいたのを認識しながら実質的に攟眮しおいたこずになる。幎金蚘録の消倱は、幎の幎金番号統合の際の入力ミスが倧きな原因ずされる。幎月に歳以䞊で玄䞇件、幎月に党䜓で玄䞇件の未統合蚘録があるこずを明らかにした。ゆゆしき事ずいわねばらない。たた、幎月以前の厚生幎金の蚘録が蚘茉された旧台垳のうち䞇件が、マむクロフィルムや磁気デヌタにバックアップされずに違法に廃棄されおいたこずが分かったようである。このうち䞇件は廃棄圓時にすでに幎金を受け取っおいた人たちの分なので実害はほずんどないが、残る䞇件には受絊前の人の分が含たれるこずも想定され、幎金支絊挏れが起きおいた可胜性がある。特に、行方䞍明の囜民幎金を芋぀けるこずは難しいようである。厚生幎金の堎合は、䌚瀟の圚籍蚘録や同僚の蚌蚀などから、保険料玍付の事実を明らかにしやすいずいう。決め手はないか。瀟䌚保険料控陀---玍皎蚘録は䜿えないのであろうか。圹所の瞊割り構造から無理なのであろうか。

月日

 ”京の叀寺あるき”幎月 実業之日本瀟刊 メディアナニオン著は、京の叀寺の魅力をわかりやすく玹介しおいる。

 長期滞圚できるずしたら、たっさきに滞圚しおみたいずころは京郜である。幎の叀郜で歎史ず安らぎに出䌚いたい。来し方を振り返り、行く末を芋぀めるには最適なずころではないか。これたでに京郜でくらいの叀寺を蚪ねおいるが、いずれも旅行者ずしおの通りすがりの蚪問であった。ただ蚪ねおいない由緒深い叀寺、名刹の名園、秘仏、建築矎、名画、四季の矎などがたくさんある。蚪問したずころでも、あたりじっくり鑑賞したわけではない。この本では、由緒正しき寺が玹介され、掛東・掛北・掛西・掛䞭・掛南の゚リアで、それぞれの寺にた぀わる歎史、゚ピ゜ヌドなどが玹介されおいる。日にカ所くらい、事前によく仏教のこずず歎史を勉匷しおから蚪ねるのがよいかもしれない。日あればぜんぶ回れそうである。そしお食事はなるべく、豆腐料理や粟進料理などの味の寺を楜しむようにしたい。

平成幎月日

 ”京郜発芋地霊鎮魂”幎月 新朮瀟刊 梅原 猛著は、京郜に䜏んで幎の著者が掛䞭掛倖を瞊暪無尜に歩いお京郜発芋の旅ぞず誘う曞である。

 著者は昭和幎、戊争たけなわの頃、名叀屋にあった旧制高校、八高の孊生であった。そしお、将来に぀いお思い悩んで、法科にしようか文科にしようか、東倧にしようか京倧にしようかず悩んでいたそうである。しかしたもなく決断し、䞀時の栄華を求めるより氞遠の真理に仕えたいずいう気になったそうである。氞遠の真理にはやはり千幎の叀郜がふさわしいず思い、東西の思想を総合しお甚だ独創的な思想䜓系を䜜り出した西田幟倚郎のいる京倧に孊んだ。それから幎あっずいう間に人生は過ぎたずのこず。その幎の間に孊問の察象が倉わったそうである。もずもずは西掋哲孊の研究を志したが、い぀の問にか日本の思想や文化の研究者になった。孊問的関心も狭い意味の哲孊から、宗教、歎史、文孊、戯曲、小説にたで及んだ。䜕でも日本叀代研究をするには、京郜ずいう土地は恵たれおいるずのこず。ほずんどの遺跡に、時間で行くこずができるからである。叀瀟寺には倚くの霊が染み着いおいる。叀瀟寺を蚪ねたら、その地に䜏み着いた地霊の蚀葉を聞かなくおはならない。自分を巚倧な耳にしお、その叀い霊たちの蚀葉を静かに聞くこずにしよう。地霊鎮魂、合掌。

 序論
 平家ものがたり
 法然の浄土教
 時宗・時衆・遊行
 藀原暩力の基瀎
 むナリ
 東犏寺
 宇治の怚霊
 宇治の浄土
 宇治の物語
 定朝の浄土・頌通の浄土
 その埌の仏たち

平成幎月日

 聞いたこずがない。いや、あったのか。䞭心気圧はヘクトパスカル、䞭心付近の最倧颚速はメヌトル、最倧瞬間颚速はメヌトル。台颚号が北䞊しおいる。月ずしおは過去最倧玚ずされる。月の台颚では、この芏暡のものは䜕床も発生したこずがあるようだ。最近では、2006幎9月10日9月18日の台颚13号は、Shanshanサンサンず呌ばれ、最䜎気圧 919 hPa、最倧颚速(気象庁解析) 55 m/s (110knot)、最倧颚速(米海軍解析) 120 knotであった。被害総額 460億円で、死者9人、行方䞍明者1人、負傷者323人を出した。たた、2005幎8月29日9月8日の台颚号は、NABIナヌビヌ韓囜語の「蝶」ず呌ばれ、最䜎気圧 925 hPa、最倧颚速(気象庁解析) 50 m/s (95 knot)、最倧颚速(米海軍解析) 140 knotであった。被害総額は蟲林氎産被害 695億円、保険金支払額 826.7億円で、死者26人重軜傷168人を出した。台颚は倪平掋や南シナ海赀道以北、東経180床以西100床以東で発生する熱垯䜎気圧で、最倧颚速10分間平均が34ノット (17.2m/s) 以䞊のものを指すずのこず。台颚が東経180床より東西経に進んだ堎合や、マレヌ半島以西に進んだ堎合は、最倧颚速が34ノット以䞊であっおも台颚ずは呌ばないのだそうな。前者の堎合、最倧颚速1分間平均が64ノット以䞊のものをハリケヌン (Hurricane) ず呌び、34ノット以䞊64ノット未満のものをトロピカルストヌム (Tropical Storm) ず呌ぶ。埌者の堎合、サむクロン (Cyclone) ず呌ぶ。被害が最小であるこずを願う。

月日

 ”空海ず䞭囜文化”幎月 倧修通曞店刊 岞田 知子著は、密教の教えを説き、様々な孊問を修埗した匘法倧垫空海の足跡ず、特に䞭囜文化ずの関わりを瀺しおいる。

 先週読んだ四囜の巡瀌の図解した本で、倧垫が四囜で悟られたのは番札所の薬王寺から番札所の最埡厎寺ぞの遍路道であったずいう説明を読んだので、倧垫の本を読もうず思った。四囜の八十八カ所の巡瀌は、倧垫がお歩きになった道を蟿る旅なのだずいう。倧垫は讃岐の囜に生たれ、幌名を真魚ずいい、幌い頃から仏の道を志した。出家、埗床の埌唐に枡り、恵果和尚より朅頂を受け、遍照金剛の名を授かった。その埌日本に戻り、䞖のため、人のため、広く密教の教えを説いた。たた、様々な孊問を修埗し、銙川県 満濃池の修埩工事や、綜芞皮智院の蚭立など、掻動は倚岐に枡っおいる。詩・曞・著䜜を通しお、䞭囜文化を䌝達し、孊問ず芞術の䞖界を描き出した。南無倧垫遍照金剛・・・南無倧垫遍照金剛・・・。

1 青幎空海の孊んだもの
十五歳で郜に䞊る/倧孊寮明経道/五経ず経孊/空海の専攻/『文遞』ずの出䌚い/四六駢儷䜓/類曞に孊ぶ/倧孊を去る
2 青幎空海の著䜜――『聟瞜指垰』
日本人ず挢文/遣唐䜿の挢文/䞉教ずは/䞉教をめぐる議論/『指垰』の内容構成/『指垰』の兞拠
3 空海の枡唐
遣唐䜿/䞭囜ぞの航海/長安を目指しお/二通の文章/長安での日々/般若䞉蔵ずの出䌚い/青韍字/恵果和尚/空海ぞの送
別詩/幻の肖像画
4 空海のおみやげ
越州での集曞/『請来目録』/『請来目録』の䞭身/ほかにもある「おみやげ」
5 空海ず曞
空海の真筆/嵯峚倩皇ず空海ず曞/詩文の流行ず曞/五筆和尚/空海の孊曞/王矲之ず顔真卿/「唐孫過庭曞譜断簡」/空
海ず雑䜓曞
6 空海の曞
「十韻詩」/「十韻詩」の改䜜/『性霊集』/『性霊集』の詩/『性霊集』の詩を読む/『経囜集』/圚唐䞭の詩/空海の
山居詩
7 空海の䜜った蟞曞―『篆隷䞇象名矩』
雑䜓曞ず異䜓字/『篆隷䞇象名矩』ず『説文解字』/『篆隷䞇象名矩』ず『玉篇』/『篆隷䞇象名矩』の字矩/博物孊ぞ
の関心/「こずば足らず」の字矩/『篆隷䞇象名矩』は備忘録/高山寺本の構成
8 詩文創䜜の手匕き曞―『文鏡秘府論』
『文鏡秘府論』序/楊守敬ず『文鏡秘府論』/『文鏡秘府論』の構成ず内容/『文鏡秘府論』の匕甚文/四声の病/助字
ぞの関心/内藀湖南ず『文鏡秘府論』
9 空海がもたらしたもの
垰囜埌の空海/匘仁ずいう時代/日䞭の文化的時差/挢詩文の衰退/空海がもたらしたもの

月日

 ”䞖玀ぞの期埅”幎月 岩波曞店刊 郜留 重人著は、日本の瀟䌚が陥っおいる珟圚の政治 経枈の行き詰たった状態ず粟神面の荒廃さえ叫ばれる䞭から、いかに抜け出し明るい光明を぀かむこずができるかを展望しおいる。

 著者は幎生たれで、ハヌバヌド倧孊卒業。幎に第䞀回の経枈癜曞を執筆した。䞀橋倧孊教授時代の論説が印象深い。”トンネルの䞭の日本”では、第䞀に人心の荒廃をあげおいる。䞖玀末的ないろいろな事件を䟋にあげおいるが、最近もバラバラ殺人事件など著しく非垞識な事件が埌を絶たない。”トンネルの䞭の日本経枈”では、日本の比范優䜍の喪倱ず䞍良債暩凊理の課題をあげおいる。その埌もの躍進に埌塵を拝しおいる状況が続いおいる。”政治の混迷”では、小枕銖盞急逝埌の埌継銖盞・総裁を五者䌚談で内定した腐敗ず逞脱をあげおいる。いたの政治・行政では䜕人かの倧臣や瀟䌚保険庁の䞍始末が起こっおいる。瀟䌚・政治経枈の状況は、幎の時点からあたり進歩しおいないかのように芋える。このトンネルから抜け出すには発想の転換が必芁で、戊前ず連続した囜家的むデオロギヌやその䜓珟事象ずは蚣別するこず、日本の自立が完うできるよう珟行の日米安保を根本的に芋盎すこず、真の豊かさは経枈の成長率を指暙ずするものではないこずを確認するこずの点をあげ、それぞれに぀いお詳説しおいる。を構成するのは、犏祉にプラスの項目の内、垂堎性のある基瀎的需芁ず任意的需芁、それに反犏祉的事象ぞの察策措眮を加えたもので、垂堎性のないものや、犏祉にマむナスの項目は陀倖されおいる。しかし、真の豊かさからはこれらの陀倖項目は極めお重芁である、ずいう。そしお、出口の芋える明るいビゞョンを持おるためには、生産力に関連した技術革新の芋通しず宇宙船地球号内でのグロヌバル化が重芁である、ずいう。そのためには、経枈の新生、郜垂の再生、日米安保の芋盎しず、ものの豊かさをこえた、人間尊重、自然ずの共生、文化囜家振興、公害ず無瞁の郜垂創造をあげる。



「戻る」ボタンで戻る


トップペヌゞ

マネゞメント

パ゜コン・英語

進孊 ・資栌

仕事 ・生掻

技胜・

 


[PR]‰¡•l‚Å’Ž–£—͉¿Ši‚Ì‹L”OŽÊ^‚ð:‹L”OŽÊ^‚ª‘ål‹C€Œ‹¥ŽÊ^€¬lŽ®ŽÊ^